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7.出奔導師と無能守役 [ 8/72 ]
「なあ、あそこまでしなくても良かったんじゃねーか?」
「後々、貴方が公爵子息だとバレた時に彼女から謝罪がなかったなんて知れたら国際問題になりかねないでしょう。大体、常識で考えても正当な要求よ。別に土下座しろ言ったわけでも、名誉毀損で慰謝料寄こせと言ったわけでもないんだから」
常識の範囲の正当な要求だと言ったところで、ルークもやっと納得したようだ。
「それにしても導師イオンがエンゲーブに来ているなんて変ね」
「導師イオン? 導師って言えば、ローレライ教団の最高責任者だろう。行方不明って聞いたぜ。師匠もあいつを探すから帰国するって言ってたぞ」
「初耳だわ。誘拐された様子ではないし、自分で出奔したのかしら?」
「直接、イオンに聞いた方が早いんじゃねーか?」
ルークは、ローズの家に戻ろうとしたので慌てて止めに入った。
「止めた方が良いわ。大切な話をすると言ってたし、邪魔したら悪いでしょう。直ぐに居なくなるわけでもないんだから、明日改めて聞けば良いんじゃない?」
「……それもそうだな。これからどうする?」
少々不満そうな顔をしたものの、私の言い分に納得したのかそれ以上ごねることはなかった。
「そうねぇ。例の害獣も気になるし。絞めとく?」
「お前、顔に似合わずガラ悪ぃぞ。さっきのこと、根に持ってるのかよ?」
「お礼参りは、三倍返しが基本なのよ」
「怖ぇーよっ。まあ、俺もチーグルの件は気になってたしな。今からだと遅いし、明日行ってみるか」
「じゃあ、宿に戻りましょう」
今後の方針もあっさりと決まり、私達は宿へと戻ることにした。
宿の扉を開くと、十三・四歳くらいの女の子が宿の亭主に人を訪ねていた。
「連れを見かけませんでしたかぁ? 私よりちょっと背の高いぽやぁ〜とした男の子なんですけど」
媚びるような声が鼻に付く子供は、十中八九アニスだ。亭主は、ここを離れていたから分からないと返事をしたら軍人としてあるまじきことを宣った。
「もぉ、イオン様ったらどこいっちゃったのかなぁ?」
こいつ、守役のくせにイオンに撒かれたのか。失格だろう。呆れてものが言えないを初体験したよ、私!
「イオンならローズって女の家にいるぜ」
「ホントですか!? ありがとうございますぅ♪」
アニスが、宿を出ようとしたのをすかさず遮りるとムッとした顔になった。おいおい、仮にも軍人なら感情を顔に出すな。
「ちょっとぉ、邪魔なんですけどぉ」
「導師イオンが行方不明って聞いたのだけど……」
「はうあっ! そんな噂になってるんですか? イオン様に伝えないと!!」
私の質問を遮り、アニスは弾丸のように宿を飛び出していった。結局、肝心な話は聞けずじまいで終わってしまった。
「結局、理由も聞けず行ってしまったわね」
「ああ、でもあいつ導師守役みたいだぜ」
「導師守役が公務に必ず付くとはいえ、ローレライ教団公認の旅にしては聊か疑問が残るわね。導師を見失う導師守役なんて聞いたことないわ」
酷い言いようだが、ルークも少なからず思っていたことなのか敢えてそこにコメントはしなかった。
翌日、早朝に私は宿の台所を借り弁当を作っていた。移動は徒歩になるわけで、森に定食屋なんてものは存在するわけもないので必然的に作るしかない。
「成長期だし肉は必須よねー」
肉メインの彩り弁当を作り終えた私は、水筒と朝食用に用意したおむすびを併せてバケットに詰め道具袋に収納した。
部屋に戻ると、ルークはまだ夢の中である。
「ルーク、起きて。チーグルの森に行くんでしょう」
「ううーん……むにゃむにゃ…」
「起きなさい」
ゆさゆさと身体を揺すっても起きない。一番手っ取り早くかつ効果的な起こし方を選択し、ルークを文字通り叩き起こした。
「ルーク、起きないと襲うわよ」
譜術で作った氷の固まりをルークの服に突っ込み、冷えた手でむき出しになった腹を触ってやる。
「冷てぇ!! へ? き……きゃぁぁああっ」
「あら、嫌だ。ルーク、悲鳴が乙女みたいよ」
「何が乙女だ! 寝起きを襲うなんてとんでもねぇ女だな!」
顔を真っ赤にして怒鳴るルークに、うるさいと言わんばかりに耳を手で覆い隠す。
「失礼ね。襲うなら確実に押し倒すわ。そうなったら、貴方、ベッドの上で貞操奪われてるわよ」
シレッと言い返せば、顔を真っ赤にしてパクパクと金魚のように開閉してみせた。
「冗談よ」
「冗談に聞こえぬぇーよ!」
「朝から無駄に元気ね。チーグルの森に行くんでしょう」
ルークに服を手渡して着替えを促すと、彼は無言でそれを引ったくり私に背を向けて服を着始めた。脱ぎ捨てられた服を畳んで道具袋にしまっている間に支度は出来たようだ。
私達は、エンゲーブから北にあるチーグルに森へと出かけることにしたのだった。
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