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39.非常識が常識? [ 40/48 ]


 一夜明け、仮眠といえない仮眠を取った私は服に付いた泥を払い落とし辺りを見渡した。
 少し離れた場所で暢気に眠りこけている襲撃犯を一瞥し、足音を立てないようにその場を後にした。
 私が飛ばされ場所は、海に面しているところらしい。卓上旅行が趣味のガイと違い地理に詳しいわけではないので、こんなとき彼が傍に居てくれれば心強かっただろう。
「海岸沿いに歩いて町を目指すしかないか……」
 旅行に不向きな靴では、どれだけ歩けるか心配だ。途中で辻馬車に出会えるかもしれない。私は、気を取り直して歩き出した。
 手頃な棒切れを拾い、草を払いながら前を進んでいると聞きたくもない声が聞こえてうんざりした。
「ちょっと!! ルーク、置いて行くなんて酷いじゃない」
 目を吊り上げて怒鳴りつけるティアに、私は心底嫌そうに顔を歪めた。置いていくも何も、私はティアと行動を共にすることを許したわけではない。
「……襲撃犯と行動を共にする馬鹿がどこにいる」
「失礼ね! 私は、貴方の家を襲撃した覚えはないわ」
 ティアの物言いに私はカッとなり怒鳴りつけた。
「ふざけるな!! 私の家に譜歌を使って無断で押し入りヴァンを討とうとしたと言うのにか? それだけじゃない。貴様が私を連れ出したせいで、政務はストップだ。どれだけの損害が出ると思っている。ファブレに仕えている騎士やメイドは悪くて死刑、良くてもバチカル追放だ」
「何言ってるのよ。大げさすぎるわ。大体、私はヴァンだけを狙ったのよ。貴方が、邪魔しなければ巻き込まれることもなかったのに人聞きの悪いことを言わないで頂戴」
 反省どころか反論とは、一体どう育てたらこんな人間失格なモンスターが出来るのだろうか。
「……」
 何を言っても無駄。そう判断した私は、ティアに関わっている時間すら惜しい。
 居ないものとして扱うことにした――。


 ――はずだったのだが、魔物の出現でまたしてもティアの非常識に度肝を抜かれた。
 ガサリと何かが横切る音がした。足を止め様子を伺うと、猪に似た魔物が現れた。
「魔物よ! 来る」
 ティアは、太腿のガーターベルトから隠し持っていたナイフを引き抜くと胸元で構えた。
 お手並み拝見といこうかと悠長に見ていたら怒鳴られた。
「何ぼーっとしているの! 構えて! 戦い方を教えるわ」
 そう云うだけで彼女は一向に動こうともしない。何をしたいんだと首を傾げるも、ティアは私の後ろに回りいきなり譜歌を歌い始めた。
 ターゲットをティアに決めた猪モドキの魔物は、私の横をすり抜け彼女目掛けて突進している。
「キャアッ!!」
 細く軽い身体は宙を舞い容赦なく地面に叩きつけられ無様に呻いていた。
 調子付いた魔物は、私にも突進してきたが譜銃を脳天に一発ぶち込むと呆気なく戦闘は終了したのだった。
「ルーク! 何で私を守らないの!! 貴方のせいで怪我したじゃない」
「敵の目の前で発動までに時間が掛かる譜歌を暢気に歌っているせいだろう。人のせいにするな。軍人が、一般人を盾にするなんて聞いたことがない。その軍服脱いで今すぐ軍人辞めろ。ダアトの面汚しが」
 別にダアトが潰れても痛くも痒くもないが、こんな軍人モドキとジョゼットたちが同列に見られるのは許しがたい屈辱だった。
「ここは戦場なのよ。我侭言わないで欲しいわ。戦場に軍人も一般人もないの。子供だって戦うんだから、貴方も戦えるなら戦うべきよ」
 一体どこで学んだその非常識。暴論とも云えるティアの発言に、私はイライラで死ぬんじゃないかと思った。
「キムラスカで髭共々裁こうと思っていたが……くたばれ屑女! スプラッシュ!!」
 真上から降り注ぐ大量の水流にティアの身体は再び地面へと叩きつけられる。
 ピクリとも動かなくなったティアを一瞥し、私は溜飲を少し下げて歩き出した。

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