小説 | ナノ

30.更に面倒臭いことになりました [ 31/48 ]


 執務室を半壊させたことで騒ぎを聞きつけたメイドが、大きな悲鳴を上げたせいでアッシュの存在がバレた。
「御髪が…御髪が……」
 マリアは、この世の終りと言わんばかりに涙を滂沱している。そして、満身創痍のアッシュをキッと睨み付けたかと思うと椅子を掴み振り上げていた。
「こんっの、劣化赤鶏がぁあああっ! キムラスカの至宝と誉れ高いルル様の御髪を切るとはぶっ殺す」
 そう言いながら勢いよく椅子を投げつけるマリアに、アッシュは持ち前の反射神経の良さを生かし避けた。
「俺じゃぬぇええ!」
「お黙りっ、賊の分際で生きてここから出られると思うなよ」
 マリアは、どす黒いオーラを放ちながらジリジリとアッシュににじり寄る。細い腕からは想像がつかないほどの豪腕に言葉を失っていた私だが、明らかに誤解があるので待ったを掛けた。
「マリア、ストップ」
「ルル様、止めないで下さいまし。今こそ、この男の息の根を止めて葬り去りましょう。そうすれば、ファブレはルル様のものです!」
 サラリと怖ろしいことを宣うマリアにアッシュの顔色は悪くなるばかり。
「別に家督なんて欲しくないから。…って、そうじゃなく髪は自分で切ったんだ。アッシュに切られるほど私は間抜けじゃないし、そもそもアッシュはエルからの土産。それは、私の物だ」
 勝手に殺してくれるなという意味を込めて言ったつもりが、明らかに誤解を与えてしまったようだ。
 顔面蒼白になるマリアと対照的に、頬を染めているアッシュを目の当たりにしたとき、あまりの気持ち悪さに怖気が走った。
「どこの馬の骨とも知れぬ輩を……。マリアは、マリアは許しません! 悪趣味にもほどがありますっ」
「あの……マリア、さん?」
 マリアは、絶叫しワッと泣き出した。予想外の展開に流石の私も吃驚だ。
「放っておけ。俺とお前の関係に驚いているんだろう」
「貴様は、黙ってろ!」
 勘違いも甚だしいことを宣うアッシュの腹に肘鉄を食らわせ黙らせる。
 誤解を解こうとマリアに手を伸ばした時だった。またもや、厄介な人物達が部屋の中へ駆け込んできた。
「……厄日だ」
 私は、顔に手を当て天を仰いだのだった。


 私の髪がアッシュのせいで無残なことになり果ててしまったと歪曲した情報が、クリムゾンとシュザンヌに伝わってしまい更なる混乱を招いた。
 アッシュを亡き者にせんとばかりに譜術や剣撃を繰り返す両親を見て、こうなりたくないなと思わず目を逸らしてしまう。
「母様、父様、それ以上はオリジナル・ルークが死んでしまいます」
「わたくしの可愛い娘に害を成した輩など死ねば良いのです」
「シュザンヌの意見に賛成だ。何より、国のために死ぬのが怖くて逃げ出した腰抜けが、我が子息とは思いとうもない!」
 辛辣な言葉を浴びせかける二人の言葉を聞いたアッシュは、さぞショックを受けただろうと思いチラリと横で彼の様子を見るが答えた様子はない。
 それどころか、神妙な顔をして頷いている。
「閣下、シュザンヌ様の言うとおり俺は死が怖くて逃げ出した。貴方がたの息子を名乗る気はない。ルルと出会い己の愚かしさを認識した。俺は、ルルに辛い現実を強いた償いのためにも彼女を娶る。事実、ルルから『私のもの』と言われたからな」
 純粋に反省だけしてくれれば良いものを、余計にややこしくしてくれるのだから堪らない。
「ルル、どういうことですか?」
「ワシは許さんぞっ! どこの馬の骨とも知れぬ男に嫁がせる気はない」
 ガシッと肩を掴み揺さぶるクリムゾンと鬼の形相で詰め寄るシュザンヌ。今、私は口から魂が抜け出しそうだ。
 大体、どこの馬の骨も何も、正真正銘クリムゾンとシュザンヌの子だと言うのにその言われようは酷すぎる。当人はあまり気にしていないようではあるが。
「落ち着いて下さい、二人とも。私は、あんなのに嫁ぐ予定も娶る予定もありません。大体、アレはエルから貰った土産です。貰ったから自分の所有物だと言っただけですよ」
 嫁に行かない発言に、漸くヒートアップしていた二人も冷静さを取り戻したのかわざとらしく咳払いをしている。
「娶る云々は、アッシュが勝手にほざいているだけなので気にしないで下さい」
「そ、そうか」
「おほほほほ」
 へらりと笑う二人に私はスルースキルを身につけて欲しいものだと嘆息した。
「とは言え、彼の処遇はどうしましょうか?」
 野放しにしておくわけにも、置き捨てておくわけにもいかない面倒かつ厄介な存在に、私は一難去ってまた一難到来したなと頭を悩ませたのだった。

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