小説 | ナノ

29.寝言は寝てから言いましょう [ 30/48 ]


 アッシュという男は、色々と面倒臭い男でした。
「いい加減現実逃避するの止めたらどうですか。呆けていても何も変わらないんですから」
 暫くの間、アッシュを放置し書類をバッサバッサと捌いていたのだが、そろそろ復活して帰ってくれないと私が困る。
 人払いしているとは言え、夕食時にはメイドが呼びにくるし、ナタリアがいつ奇襲を仕掛けてくるか分からないのに、居座られても邪魔で仕方がない。
「五月蝿い! 劣化レプリカが、俺に指図するな」
「怒鳴らなくても聞こえます。レプリカであることは否定しませんが、劣化と罵られる謂れはありません。何を根拠に劣化と言っているんですか」
 品の悪さに眉を潜めつつも、彼の凝り固まった価値観を覆すには理詰めでメッコメコに凹ませた方が良さそうだ。
「全てだ! 全てに置いて劣化してるだろう」
「ですから、根拠は何だと聞いているんです。データに基づいて判断しているのですか?」
「ヴァンが言っていた。レプリカは、オリジナルに劣るってな! 現に、髪の色は劣化して似ても似つかないだろうが。超振動もそうだ。俺の六割しか使えない」
 アッシュの髪色は紅だが、光の加減によっては朱に見えなくもない。シュザンヌの髪色は朱色、クリムゾンは紅だ。髪が毛先にいくにつれ金と見まごう美しい朱を劣化と言うには美的センスまで劣化しているようだ。
「同じ要素を持ちえていることにいい加減気付け。超振動だってそうだ。貴様の六割しか使えないと判断した根拠はなんだ? 私は、一度たりと超振動を起こしたことはない。超振動の測定をしたわけでもないだろう。どれだけ使えるか分かりもせず六割と断言するとは根拠のない言語に意味はない」
 言葉遣いを改めるのも面倒になり、素でアッシュを断じれば彼は返す言葉がなく無言を貫いている。
「アッシュ、お前一番肝心なことを忘れていることに気付いているか?」
「何をだ?」
 私の問い掛けが理解出来なかったのか、首を傾げるアッシュに私は大きな溜息をついて答えを提示した。
「私は女で、貴様は男だ。女が、力や体力で男であるお前に劣るのは普通のことではないのか? 私を劣化と断じるなら全ての女性も劣化していると侮辱していることになるな」
 そこまで言うと、彼は目から鱗が落ちたかのように目をパチパチと瞬かせている。
「私が、この家に連れて来られた時から母様達は私がルークでないことに気付いていたぞ。ヴァンが、アッシュを隠してしまい迂闊に手が出せなくても捜索は止めなかった。ずっと探して見つかったと思ったら、師団長の座に就いているし。お前の捜索費用だけで国家予算の十分の一は飛んだぞ。いつ戻ってきても良い様にルークとして振舞うことを余儀なくされ、二十歳まで軟禁(だったが、現在は取消されてるから無問題)。行き遅れ決定じゃねーか。どうしてくれる」
 多少誇張されているが、アッシュの良心を抉るにはこれくらいした方が良いだろう。
 案の定、神妙な顔をして眉を潜めている。しばし間、沈黙が流れ重たい空気に息が詰まりそうだと思っていたら、アッシュの謝罪で終止符が打たれる。
「……俺は、今まで思い違いをしていたんだな。お前が、居たから戻れないものだと思っていた。実際にヴァンに言われ続けてきたしな」
「……(やっぱり洗脳してやがったが、あの髭めっ)」
「お前の言うとおり、突き詰めて考えれば根拠なんてどこにもねぇ。辛い思いを強いて悪かった」
 深々と頭を下げるアッシュに溜飲は下がったものの、やはりシュザンヌとクリムゾンの子。思い込みの激しさが、バッチリ遺伝されていた。
「行き遅れになって嫁の貰い手が無くなったとしても俺が貰ってやるから安心しろ」
「安心できねーよっ! つーか、お前には婚約者(ナタリア)が居るだろうが。約束までしておいて気でも触れたか」
 非常に似通った面の野郎を誰が好き好んで夫にしたいものか。冗談じゃないと拒否を示すが、斜め45度上のいくアッシュに通じるはずもなかった。
「あいつは、時期女王だ。婚約者といっても形ばかりに決まっているだろう。俺は十七で死ぬと読まれているんだぞ。本当の婚約者は別に居るはずだ。問題ない」
 いっそう予言の通り死ねば良いのに! そう思った私は正常だ。断じて間違っていない。
「問題大有りだ馬鹿野郎!! 寝言は、寝てから言いやがれっ。インディグレイション!!」
 ブルブルと怒りのあまりホーリークロスが揺れる。溜めなし詠唱すっ飛ばしての大技炸裂に、アッシュは成す術も無く高等譜術を食らった。
 ドゴーンッと大きな爆音に駆けつけたメイドが見たものは、気絶したアッシュと鬼の形相でガスガスッと蹴りを入れる私の姿だった。

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