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きみの温かさを知る 後編 [ 10/23 ]


 昼も過ぎ、日も落ち始めてきた。そろそろ戻らないと桜が心配だ。祝賀会の準備もあるからと、リクオを説き伏せ戻ってきたまでは良いが、出迎えてくれた氷麗に泣かれてしまった。
「藍の馬鹿ぁあああ!! どうして私を一人にするんですかーっ!」
 折角の着物も、氷麗の涙で濡れてしまっている。うーん、この着物で祝賀会に出るのは無理だな。
「氷麗ちゃん、一体どうしたんですか? 泣いていては分かりませんよ」
「だって、朝起きたら藍が居ないだもの。心配で心配で心配でずっと探してたんだからね!」
 着物を握り締めて涙ながらに訴える姿は、男じゃなくてもクラッと来るものがある。
「リクオ様と土地神様のところへ新年の挨拶に回ってたんです」
 そこまで言うと、氷麗は泣くのを止めた。
「し、新年の挨拶ですってーっ!! どうして藍が、そんなことするの!」
「え? 挨拶するだけですよ? 初詣とあまり大差は無いと思いますけど……」
「土地神に新年の挨拶出来るのは……」
 氷麗が何か言いかけたのを、大きな手がそれを阻む。大きな手は、言わずもがなリクオの手だ。いつの間にか夜の姿に変わっている。
「氷麗、黙れ」
 リクオの威圧に負けじと氷麗も言い返す。
「何も知らない藍にそんなことさせるなんて見損ないました!! 藍の気持ちを考えたことあるんですか?」
「考えるもなにも藍は俺のだ」
 至極全うな氷麗の言葉にもリクオは耳を貸そうともしない。これもいつもの事なので、私はあまり深く突っ込まなかった。
「まあまあ、氷麗ちゃんもそんなに怒らないの。これから祝賀会が始まるんだから、色々準備しなくちゃ。ね?」
「藍……。でも、やっぱり許せません」
 口をへの字にして怒る氷麗に、私はうーんと頬に手をあて考える。
「じゃあ、氷麗ちゃんも土地神様に挨拶周りしに行く? 今日は遅いから無理だけど、明日にでも桜も一緒に連れて」
「是非!!」
「ダメだ!」
 ガシッと私の手を掴む氷麗と反対するリクオの声が同時に重なり、上手く聞き取れなかった。
「えっと? ごめんなさい。上手く聞き取れなくて……」
「行く! 行くわ!!」
「黙れ氷麗! 何勝手に決めてんだよ。藍、怒るぞ」
「……もう怒ってるじゃありませんか」
 氷麗の頭を鷲掴み怒るリクオに、私はヒクッと顔を引きつらせる。もう、本当になんなんだ。
「新年の挨拶くらい良いじゃありませんか」
「そういう問題じゃねーっ!! お前は、もう行ったんだ。二度も三度も行くな」
 そこまで言われて、私はハァと溜息を吐く。ここで文句を言ったら、何をされるか分かったもんじゃない。
「分かりましたよ。新年の挨拶は行きません。これで良いですか?」
「よし」
 腕を組んで偉そうに頷くリクオを軽く睨み、氷麗の手を取りニッコリと笑みを浮かべて言った。
「氷麗ちゃん、明日一緒に初詣に行きましょう。ね?」
「藍! 愛してるー」
 ギューッと抱きつく氷麗の背中をポンポンと叩きながら、リクオを見て勝ち誇った笑みを浮かべた。
「お前……」
「初詣に行くのを咎められる筋合いはありません。リクオ様も女の子に意地悪なことばかり言ってると嫌われちゃいますよ」
 メッと指を立てて叱ると、リクオは渋い顔をして私を見た後、盛大に溜息を吐いてくれた。失礼な。
「ママァーっ!!」
 バタバタと廊下を走ってきた桜が、ドンッと足元にくっついてくる。
「桜、廊下は走っちゃいけません」
「だってぇ……さびしかったんだもん」
 グスッと涙を浮かべる桜に、思わず叱るのを止め頬ずりしていた。
「ごめんね。挨拶周りをしていたから遅くなって。でも、お土産を買ってきたのよ」
 桜の手に今日買ったヘアピンを渡すと泣くのを止め花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「かぁーいい」
 どうやら気に入ってくれたようだ。恨みがましそうに私を見る氷麗にも買ってきたお土産を手渡す。
「氷麗ちゃんには、髪紐にしてみました。私と色違いのお揃いなんですよ」
 青と緑の二色を織り込んだ綺麗な髪紐だ。先端には七宝の玉がついている。因みに、私は紅白だったりする。
「藍……」
 感激のあまり涙を流す氷麗に、私は可愛いなぁと思いつつも、そろそろ祝賀会の準備に掛からないと間に合わないので彼女を慰めつつ移動する。
 部屋に戻り祝賀会用の着物を桜に着せながら、氷麗に先ほどの続きが気になったので聞いた。
「そう言えば、さっきリクオ様に邪魔されて聞けなかったんですけど。土地神様へ新年の挨拶に何か意味があるんですか?」
「そうよ! 土地神に挨拶出来るのは、総大将とリクオ様。その奥方か、婚約者だけなのよ! 藍が、挨拶回りしたってことは許婚ですって触れ回ったも同意語なの!!」
「へ? ……えええええっ!! そんなの聞いてませんっ」
 とんでもない事を仕出かしたんじゃなかろうか。リクオも知っているなら、何で止めなかった。
 青ざめる私に氷麗は、
「安心して。明日、私も一緒に回って誤解を解いて上げるから」
と頼りがいのある言葉をくれた。彼女が、『リクオ様に藍を渡してなるものか』などと私怨が含まれていようなどと気付きもしなかった。
「ううっ……穴があったら入りたい」
 新年早々にやらかしてしまたった私の一年は、まだ始まったばかりである。
end

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