小説 | ナノ

ピチしモン前編 [ 2/23 ]


「藍ちゃん、今日の放課後に付き合って欲しいところがあるの。ダメかな?」
「えっと……」
「お願い! 藍ちゃん…」
 私の手を取り、上目遣いでお願いポーズをするカナを振り切る自信はない。
 思わず頷きそうになった私を押し退け、ズイッと氷麗が割り込んだ。
「私の藍をどこに連れて行くつもり?」
「及川さんには関係ないわ」
 バチバチと音が聞こえるかと思うくらい睨みあっている二人は、完全に私のことなど頭からスッポリ抜け落ちている。
「私は、藍ちゃんに聞いてるの。藍ちゃんだけが頼りなのよ……」
 うるうると目に涙を溜めるカナに、私は氷麗に悪いと思いつつも承諾してしまった。
「私で良いのなら付き合いますよ。ほら、泣かないで下さい」
 目尻に溜まった涙を拭いてやると、カナはニコッと笑みを浮かべている。
 ホッとしたのも束の間、氷麗がプルプルと肩を震わせていた。
「藍の、馬鹿ぁああ!! 私という者がありながら、家長なんに言い寄られて浮気者ぉぉおお!」
「氷麗ちゃぁん、激しく誤解を招くようなことを言いならが去らないでぇええ」
 言い逃げした彼女を追いかけようにも、カナに腕をガッチリ掴まれているせいで追いかけられない。
「及川さんのことは放っておいて大丈夫よ。それより行こう。邪魔が入っちゃう」
「え? えぇ??」
 ズリズリとカナに引き摺られるように学校を出た私に待ち受けていたのは、羞恥という試練だった。


 スタジオJと書かれた建物に連れて行かれた私は、カナのマネージャーと名乗る人に会うことになった。
「君が、藍ちゃん? カナちゃんが豪語しただけはあるわね。私は、橘ミオ。カナちゃんのマネージャーをしてるの。よろしくね」
 ジロジロと頭から爪先まで凝視され、一人うんうんと納得した様子で頷いている。物凄い美人なのにちょっと変。
「カ、カナちゃん……これは一体どういうことですか?」
「私、ピチしモンの読者モデルやってるの。撮影現場を見て貰いたいなぁと思って、橘さんにお願いしちゃった」
「は、はぁ……」
 芸能界とかに興味のある女の子なら喜ぶんだろうが、私は正直あまり興味はなかった。
 寧ろ、着いて来ちゃったことでリクオの静かな怒りと氷麗の嫉妬が怖い。
「カナちゃん、準備お願いねー」
「はぁい。じゃあ、藍ちゃんはここで待ってて」
「あっ……」
 彼女は、そういうとパタパタと軽快な足音を立て衣装室へと向かって走っていった。
 カナに向かって伸ばされた手は、空しく宙に浮かんだまま。そろそろと手を下ろし、私はハァと肩を落とした。
「藍ちゃんは、こういう世界に興味ないみたいね」
 橘には、お見通しのようで私は悪いとは思いつつも正直に話した。
「そうですね。ファッション雑誌よりも、料理本を読んでいる方が楽しいですし。身になりますから」
「お洒落に興味はないの?」
「うーん……あまり。可愛く着飾ったところで、見て欲しい人なんていませんから。好きな人が出来たら変わるんでしょうけど……」
 以前リクオ達と一緒に服を買いに行った時を思い出して、げんなりとした顔になってしまった。
「そう、残念ね。貴女なら直ぐ表紙を飾れるモデルになれると思うのに……」
「お世辞が上手いですね」
 あまり残念そうに聞こえなかったのでうっかり軽く流してしまったのだが、彼女が本気でそう思っていたなど私は気付くはずもなかった。


 春なのに撮影現場では夏一色である。モデル達は、さぞ肌寒い思いをしているだろうに顔に出さない辺りプロだ。
 キラキラ輝く世界に、私はジッと魅入っていた。シャッター音すら気にならないくらいで、可愛い女の子が入れ替わり立ち代りでポーズを決めて交代していく。
 カナの撮影が終わり、着替えることなく私のところへやってきた。
「どうだった?」
「凄く素敵でした ポーズを取ってるカナさんは、格好良くてドキドキしちゃいましたよ」
 興奮冷め止まぬ思いで告げると、カナは頬を赤く染め照れ笑いを返してくれた。
「藍ちゃんも撮ってもらったらどう?」
「ええっ!? それは、ちょっと……。部外者の見学でさえ、皆さんにご迷惑を掛けているのに。そんなこと出来ません!」
 慌てる私を他所に、カナだけでなく橘も一緒になって折角だからと誘って来た。
「記念撮影と思って取れば良いんじゃないかしら?」
「プロのスタイリストさんに化粧して貰って、カメラマンに撮ってもらえるチャンスなんだよ? 勿体無い」
 何でそんなに私に拘るんだろう。嫌だと言い出せる雰囲気ではなく、押し切られる形で記念撮影というなのプチモデル体験をさせられる羽目になった。
 数ヵ月後、その時の写真がピチしモンの表紙を飾る事になろうとは知る由もなかった。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -