小説 | ナノ

いつも別れを見つめて9 [ 93/145 ]


「佐久穂」
「ぁ……」
 私は、条件反射のように後ずさり支払いの途中だというのに逃げた。
「逃がすかっ!」
 病院内を走る私に注意の声が飛ぶが気にしている余裕はない。私は、隠れるところがないか探し近くにあった病室に飛び込もうとしたが腕を掴まれそれすらも叶わない。
「やっ、離して……」
 身を捩り拘束から逃れようとすればするほど、鯉伴の手はきつく私の腕を掴んだ。
「帰るぞ」
「嫌っ、嫌です」
 ジタバタと暴れる私を物ともせず抱き上げると、何事もなかったかのように歩き始めた。
 無言なのに、怒りが身体から滲み出ている。そんな彼を見るのは初めてで怖くて涙を目に溜めていたら、私の代わりにお会計を済ませていた首無しが私達を見て言った。
「病院で鬼事なんてしないで下さい」
「こいつが逃げるのが悪い」
 首無しの小言もなんのその。鯉伴は、憮然とした顔で言い返している。
「逃げる理由をちゃんと聞いてあげて下さいね。怒るのは、それからですよ。まあ、俺は佐久穂様に逃げられて当然のことを仕出かしたんじゃないかと思ってますけど。佐久穂様、このダメ男が何かしてきたら言って下さいね。庭の枝垂桜に吊るしておきますから」
 この主にして、この下僕。はいともいいえとも言えない私は、答えに困り俯くと少し頭が冷えたのか、鯉伴が首無しの暴言に対し軽口を叩く。
「テメェは、俺の下僕だろうが。上司に対してその言い草はねぇだろう」
「テメェの尻拭いを百鬼にさせんな。散々忠告してやったのに、聞かねぇあんたが悪いんだぜ」
「なんだと!!」
「ハッ」
 奴良邸に帰るまで言い争いは続き、その間私は放置状態にあったのは言うまでもない。


 奴良邸に戻ると出迎えてくれたのは馴染みの妖怪達で鯉伴に抱きかかえられている私を奪うと、そのまま拉致されそうになり鯉伴が止める。
「雪麗、佐久穂をどこに連れてつもりだ」
「鯉伴は、黙ってな! 佐久穂と話があんのよ」
「俺もあるんだよ!! 佐久穂を返せ」
 秀麗な顔同士のガチンコ対決に本家妖怪も私も邸が壊れる被害を想像したが、彼の下僕はいろんな意味で優秀だった。
「私達が話を聞いた後でも問題ないでしょう。それとも、私等が先に話したら不味いことでもあるんですかぁ」
 毛女郎の問い掛けに、鯉伴はグッと言葉を詰まらせる。図星ですと云わんばかりの態度に、雪麗はハァと大きな溜息を吐き鯉伴の後ろに居た首無しに言った。
「首無し、鯉伴を枝垂桜に吊るしときな。私が許す」
「了解」
 嬉々として黒弦を構え鯉伴を縛り上げる。二代目の威厳もあったもんじゃない。
 青田坊に担がれ私から引き離された鯉伴は、大層喚いていたが下僕達は一切耳を貸さなかった。
「さて、邪魔者は居なくなったし話を聞かせて貰おうじゃないか」
「ちゃんと理由があって姿を消したんだろう?」
 ポンと私の頭を軽く撫でる毛女郎に、不覚にも涙が零れた。私は、雪麗と毛女郎に挟まれながら彼らの部屋へと通されたのだった。

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