小説 | ナノ

桜のような人 [ 90/259 ]


 珱姫に連れられ、私は彼女の自室に通された。外には、是光が控えている。
 まさか、未来のぬらりひょんのお嫁さんと出会い対談する羽目になろうとは思いもよらなかった。
 ドンドンと会いたくない人と悉く出会っている自分はついてないと思う。
「お話したいと思っていたのに、いざ目の前にいらっしゃると何を話して良いのか浮かばないものですね」
 言葉を濁す私に対し、珱姫は一瞬言いにくそうな顔をしたものの覚悟を決めたのか、心境を打ち明けた。
「……そうですね。同じ治癒姫と噂されているのに、私は人を選んで治しています。私は、
誰かに感謝されたり崇められたりされるような存在ではないのです」
「珱姫は、感謝されることが重荷になっているのですね」
「はい……」
 彼女の力を金儲けの道具にされている。訳隔てなく沢山の人を治したいと望んでいるからこそ、今の環境は酷く心が痛むのだろう。
「大金を積んで珱姫に病を治してもらうのと、私の元を訪れて金品や労働を対価に治して貰うのと変わりはありません。全ての人を治そうと思う気持ちは素晴らしいと思います。でも、それは現実に出来るものではありません。力を使えば、貴女にも負担はあるはずです。人が出来ることなど高が知れております。無理をすることなく、出来る分だけに留めておかなければ、自分に返ってきてしまう」
「……」
「珱姫の患者は、国の中枢を担う人。私の患者は、国を支える人。私も治癒姫と言われてますが、していることは大差ありませんよ。貴女が助けた患者さんに、いつか誰かのためになるようなことをして欲しいと言ってみては如何ですか? 貴女の代わりに、その方が人のためになることをしてくれるでしょう」
 私の言葉は、珱姫の意表をついたようで彼女はポカンとしている。
「そんなこと考えもつきませんでした」
 時代が違えば考え方も異なるのだから仕方が無いといえばそうだろう。
 珱姫の顔が、少しだけ明るくなった。心の重荷が少し軽減されたのなら、それは喜ばしいことだ。
「妖様が言っていた通りの方ですね」
 ぬらりひょんの話題が突如出て、私は笑顔のまま固まった。
「最近お引越ししたとかで瑞姫にお会いできる日が伸びていたのですが、こうしてお会いできて嬉しいです。花開院様とお知り合いだったのは驚きました。でも、妖様が伴侶だと祓われたりしないのでしょうか?」
 空いた口が塞がらないとは、このことを言うのだろうか。
 ぬらりひょんは、一体何を珱姫に吹き込んだのだろう。
「よ、珱姫、あの…私の夫がぬらりひょん様ということでしょうか」
「はい、妖様からそう伺っております。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。姿絵を見せていただきましたが、桜様や九重様にもお会いしとう御座います」
「姿絵、ですか」
「ええ、何枚も見せて頂いてます」
 何枚もということは、知らぬ間に描かれているという事である。
 盗撮ならぬ盗写だと思うのは、私だけだろうか。
  本当に彼は、珱姫に何を吹き込んだの問い質したい。
「珱姫、申し訳ありません。用事が出来たので、今日は帰らせて頂きますね」
「また来て下さいますか?」
 私より年上なのに、迷子になった幼子のようなで見てくる珱姫に私は頷く。
「約束しましたから、またお会いしましょう」
「はい」
 私の返事に、彼女の顔が明るくなる。挨拶もそこそこに、是光を伴い私は屋敷を後にする。
 さっさと戻ってぬらりひょんに問い質そうと思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
 是光にそのまま、花開院本家に『保護』という名目で連衡されるとは思いもよらなかった。

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