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少女、珱姫と出会う [ 89/259 ]


 貞操の危機を免れた私は、是光に付き添われ別の部屋に通された。男性に対する恐怖心が薄れたわけではない。
 唯一の救いは、白雪が傍に居たことだろうか。彼(彼女?)の存在は、今の私にとって何よりも心強い。
「乱れた着物を直した方が良い。今、女房を呼んでいる」
「……ありがとう御座います」
 私から視線を反らしながら話す是光に、私は申し訳なく思う。仕えている主人が、とんだ変態で強姦魔だったとは本当可愛そうだ。
「瑞姫、貴女は一体何者ですか? 神獣は、気高き存在。人が、意図して従えられるものではない」
 是光の言葉にカチンと来るものがあり、私にしては珍しく低い声が出た。
「この子は、私の家族です。一度たりと白雪を従えたつもりはありません」
 シュルリと帯を結びなおし着物を直す。身支度を整えた私は、是光の前に立ち射抜くように彼を見る。
「言っておきますが、貴方が想像しているような大層な存在ではありません。只人です」
 その辺を闊歩する凡人だと主張すると、是光は目を見開き私の顔を凝視したかと思うと口元を綻ばせた。
「不思議な姫だ」
 褒められているのか貶されているのか今一分からないので無言を貫いていると、パタパタと渡殿を走る音が聞こえてきた。
「是光殿、瑞姫が来られていると本当ですか?」
 部屋に駆け込む女性に対し一番驚いたのは、私ではなく彼だった。
「珱姫!?」
 驚きすぎだろうと心の中で突っ込みを入れつつも、会いたくなかった人物その2に出会ってしまったことに内心冷や汗を流しながら営業スマイルを顔に貼り付けてその場を凌ぐ。
「突然の来訪に驚かせてしまい申し訳ありません。お初にお目にかかります、珱姫。瑞と申します」
 彼女の父親の部下に拉致され、その父に強姦されそうになったことなど微塵も感じさせない振る舞いをする私に、珱姫は客として来たのだと勘違いしてくれた。
「瑞姫様に、ずっとお会いしてみたいと思っておりました」
 キュッと手を握られ零れんばかりの微笑を浮かべる彼女に、私は微苦笑を浮かべ視線を是光に移す。口元だけで『言わないで』と動かすと、彼は複雑な顔をした後、ハァと溜息を吐いた。
「今日は、どうして私のところへ来て下さったのですか?」
 誘拐された先が珱姫の屋敷だったんですとは言えず、私は持ち前の度胸と捏造設定を披露する。
「以前から、珱姫様とお話がしてみたくて花開院様にお願いをして本日こうしてお目通りが叶いました。時間が時間ですので、珱姫様は日中お忙しい方なのでゆっくりとお話できる時間は夜しかないのではと思いご迷惑と分かっていながら訪問致しました」
「まあ! 嬉しいです。私のことをそこまで考えて下さっていらっしゃるなんて……」
 目を潤ませる珱姫に私はギョッとする。女の子を泣かせてしまった。
「あ、あの…珱姫様?」
「す、すみません。嬉しくて思わず涙が……。是光様、ありがとう御座います」
 珱姫の後ろに後光が差しているのを目の当たりにした是光は、顔を引きつらせている。
 うんうん、そうだよね。勝手に花開院の客として紹介されちゃったんだものね。
「は、はあ……」
 アドリブが利かない是光から珱姫の意識を戻すために、私は更なる提案をする。
「折角ですから、二人でお話しませんか? 一刻だけなら良いですよね?」
「一刻と言わず泊まって行って下さっても構いませんのに……」
「家族が待ってますので、それは遠慮しておきます」
「そうですか……」
「また、いつでも会えますよ」
 その場しのぎの嘘が、再び出会う暗示になろうとはこの時思いもしなかった。

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