小説 | ナノ

歴史は動き始める [ 86/259 ]


 ぬらりひょんが、珱姫のところに通っている。彼の下僕達からしばしばそんな話を耳にした。
 それを聞いた猫又の怒りは相当なもので、毛嫌いから『死ねばいいのに』と本気で願っているくらいだ。
 彼が珱姫のもとを訪れる度に、胸が締め付けられるように痛かった。それがあるべき姿なのだと思えば思うほど、気持ちは重くなる。
 また、珱姫と出会ったことで物語は動き始めている。これからそう幾許も無く羽衣狐を退治し魑魅魍魎の主へと上り詰めるだろう。
 そして、私が去る日も刻々と近づいている。私は、食事当番に当たっている奴良組の妖怪に買い物を押し付けて屋敷から追い出した。
 斑含め小妖怪達を集めた私は、いつか話すと約束していた話を始めた。その場所には、九重も桜も居ない。
 万が一彼女らの口から、奴良組の妖怪たちに話が伝わってしまったら元も子もない。
「藍、畏まってどうした?」
 ちんまりとお座りをする猫又に、私は一呼吸置き話を切り出した。
「以前、名前のことで心の準備が整ったらお話しますと言ったことを覚えてますか?」
「嗚呼、そう言えばそんなこと言ってたな」
 すっかり忘れていたといわんばかりの態度に、私は微苦笑を浮かべる。食事には拘るのに、大切だと思うことには全然拘らないのは如何なものか。
「どうして瑞と呼ぶように言ったか知る前に、九重が何の妖怪かご存知ですか?」
「鳥の妖怪ってことは知ってるが、桜と同じじゃないのか?」
 桃色の球体をした小鬼がコロンと転がり疑問を浮かべる。私は、ゆるりと首を横に振りそれを否定した。
「桜は瑞鳥と呼ばれる神獣。九重は、雉鶏精という妖怪です」
 思っても見なかった彼女らの正体に唖然とする彼らだったが、いち早く我に返った猫又がまさかと言葉を震わせながら問い掛けてきた。
「まさか……お前達は、時空を超えたのか?」
「400年後の世界から来ました。奴良組と私は縁があります。この時代に居るはずの無い私が、関わったとなれば歴史は変わってしまう。そう遠くない未来、私達は元の時代に戻るでしょう」
 私の言葉に衝撃を受けた彼らは、ショックを隠しきれないのか呆然としている。
「もう二度と会えないのか?」
「会えます。いいえ、会います。元の時代に戻っても、探し出します。私達は、家族です」
 彼らは、人間よりも遥かに長い時間を過ごす。生きてさえいれば、必ず会える。
「なあ、藍。400年後、アンタはどこに居るんだ?」
 小妖怪が目に涙を溜めながら私の居場所を聞いてくる。離れたくないと思ってくれているのだろうか。
「東京――この時代で言う江戸の浮世絵町にいます。奴良組の本家で居候しています」
「分かった。400年後、藍を迎えに行く。それまで、物凄く不愉快極まりないが奴のところに居ろ」
「はい」
 迎えに行くと言ってくれた猫又の言葉が、とても嬉しかった。
「そろそろ奴良組の妖怪さんたちが戻ってくるわ。今の話は内緒でお願いしますね」
「「「りょーかーい」」」
 大音量の了解コールを受けた後、各々持ち場へと戻っていった。私も薬草積みでもしようかと庭へ出ると、とてとてと後ろを歩いていた猫又が意を決したように口を開いた。
「藍、お前を主として認め名を付けることを許す。名前を付けろ。それが真綿の呪縛となり俺とお前を繋ぐ絆となる」
「名前、ですか?」
「そうだ。名前で縛れば、どこにいてもお前が俺を呼ぶ声が聞こえる。藍は俺達を見つけると言ったが、俺達も藍を見つける。俺達を率いることができる人間は、後にも先にも藍だけだ」
「……分かりました。名前は、雅(みやび)。本来の姿が、上品で優美だからです。どうでしょう?」
「雅か、良い名だな」
 猫又も気に入ってくれたようでホッと安堵の息を吐く。この時代を去った私が、数十年後にまさかの再会を果たすとはこの時知る由も無かった。

*prevhome#next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -