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二人の治癒姫 [ 85/259 ]


 『西の瑞姫・東の珱姫』――京の巷では、そんな言葉が広まっていた。共通するのは、どちらも大層美しい姫で病を治すという。
 お金のない市民から絶大な支持を得ている藍。貴族から厚い信頼を寄せる珱姫。
 屋敷に篭りっぱなしの珱姫の耳にも、瑞姫の名は自然と入ってきた。
「……私の力のせいでお父様も変わってしまった」
 もう一人の姫は、民に慕われ多くの人を治しているというのに自分は人を選び助けている。
 それが、珱姫にとっては重荷でしかなかった。
「思いつめた憂い顔が、これほど月夜に映えるとはな」
「何奴!? くせものっ」
 背後からした男の声に、珱姫は昼間渡された護身刀を抜き振り向くと顎を掴まれ押し倒された。
「成程、噂どおりの絶世の美女だ。瑞姫とは違った美姫じゃな」
 シゲシゲと見つめる男に、珱姫は目をパチクリと大きく見開き彼の顔を見つめた。まさか、不審人物から彼女の名を聞くとは思ってもみなかったからだ。
「貴方は、何者なのですか?」
「ん? ワシは、ぬらりひょん。人は、みなワシのことをそう呼ぶ」
「妖ですか?」
「じゃなけりゃ、誰にも気付かれず入り込めるわけがねぇ」
「私の生き胆を狙ってきたのですか?」
 彼の態度からして、その可能性は低いが聞かずにはいられなかった。案の定、ケタケタと愉快そうに彼は声を上げて笑う。
「ワシは、美食家じゃからの。人の生き胆なんて興味ない」
 キッパリと断言したぬらりひょんに、珱姫はホッと息を吐く。命の危険性はないようだ。
 珱姫の上から退いたぬらりひょんは、部屋の中を動き回り調度品を物色している。
「妖が、何ゆえ私のところへ来たのです」
「噂がどれほどのもんかと思って来ただけじゃ。ワシの瑞姫には叶わんが、そこそこ美人じゃぞ。誇れよ」
「は、はぁ……」
 興味本位で見に来たと豪語するぬらりひょんに、珱姫は呆気に取られる。更に、誇れと言われ返答に困った。
「瑞姫様を知っているような素振りで話してますが、彼女の何なんですか?」
 ぬらりひょんが危険性の妖ではないことは分かった。しかし、人にとって妖は脅威でもある。
 人よりも強靭な肉体を持ち、長く生きる彼らを恐れないわけがない。
「瑞姫は、ワシの嫁じゃ。姿絵があるが、見るか?」
 見ると言っていないのに、ゴソゴソと懐を探り藍の姿絵が描かれた紙を広げて見せた。
 そこには、まだあどけない少女が二人の幼子を抱きしめ笑っている姿が描かれていた。
「これが、瑞姫。こっちが、桜で隣にいるのが九重。ワシに似て利発的でな、進んで手伝いが出来る自慢の娘なんじゃ」
 満面の笑みを浮かべて娘自慢するぬらりひょんに、珱姫は呆気に取られる。
 年齢的に婚姻を結んでもおかしくないが、妖怪と夫婦になり子を成しているとは聞いたことがない。
「……よく夫婦になれましたね。彼女のご両親に反対されなかったのですか?」
「あいつの両親は見たことねぇ。出会った時には、妖怪と暮らしとったぞ。何じゃ、瑞姫に興味があるのか」
「ええ、どのような方なのかお会いしてみとう御座います」
 沢山聞く噂は、どれも彼女を褒め称えるものばかり。珱姫の持つ力と異なり、彼女は薬を持って病を治す。
 治る者のいれば、そのまま還らぬ者もいる。彼女のもとを訪れ、治療を受けた者達やその家族は誰一人彼女を悪く言わなかった。
 型破りと言っていい変わった姫と一度話をして胸の内を聞いてもらいたかったのかもしれない。
「ふむ――なら、ワシが……」
 ぬらりひょんが何か言いかけた時だった。ダダダッと渡殿を駆ける足音が段々大きくなって聞こえてくる。
「姫君、ご無事ですか?」
 御簾越しに声を掛けられた珱姫は、ビクッと身体を大きく揺らす。
「あんた、面白いな。また来る」
 ぬらりひょんは、それだけ言うと闇へと消えていった。それを止める間もなく、珱姫は狐に摘まれたように目を見開き外を眺めていた。
「珱姫?」
「大丈夫。何でも……ありません」
 珱姫は、ハッと我に返り大丈夫だとその場を取り繕った。それが、リクオの祖母珱姫との出会いであった。

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