小説 | ナノ

この感情を言葉にするならば [ 74/259 ]


 まだ、あどけない少女だった。雪女を襲った輩を退治しただけで、進んで人を助けたわけではない。
 にも関わらず、少女は真っ直ぐな目でぬらりひょんに礼を言った。
 人は、妖怪を恐れ蔑む。好意的な者は少ない。人からすれば並外れた力と寿命を持つ妖怪を恐れない方がおかしいのだ。
 しかし、どうだろう。出会って間もない少女は、自分を恐れるどころかそれが普通だと言わんばかりにの態度を取る。
「のぉ、瑞」
「はい、何でしょう?」
 チクチクと裁縫をする藍の背中を抱きこみながら、ぬらりひょんは疑問に思っていたことを口にした。
「おぬしは、妖怪が怖くはないのか?」
 そう問い掛けると、彼女は手を止めマジマジとぬらりひょんを見ている。
「どうしてそのような事を聞かれるのです」
「普通は、恐れるもんじゃろう。自分と違う異端の存在は恐怖の対象になる」
 彼女は、嗚呼と小さく零し次いでニッコリと笑みを浮かべた。
「妖様、おそれという言葉には沢山の意味が御座います。妖様の仰る恐怖も恐れ。憧れることも懼れ。神仏や年長者にはばかるのも、また畏れに御座います。命を狙われれば恐怖します。でも、私が知る妖は皆優しい方ばかり。何を恐れる必要がありましょう」
 ほんの十数年生きた少女に、奴良組の畏の家紋を説かれるとは思わなかった。腕の中に納まる少女をギューッと抱きしめると、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「そろそろ離して下さいませんと、白雪が……」
 ニュロッと藍の共衿から顔を出した白雪が、ぬらりひょんの顔を目掛けて突進する。
 ガスッと良い音がして、ぬらりひょんの体は畳の上にひっくり返った。
「な、な、なにさらすんじゃーっ!! この糞蛇、皮を剥いでやる!」
 藍を守るように巨大化した白蛇は、シャーッと威嚇の声を上げながらぬらりひょんと対峙している。
「妖様、暴れるならお庭でやって下さいね。白雪も遊んでおいで」
 白雪は、藍の体にするりと身を寄せた後、ぬらりひょんの襟を掴み思いっきり外へと投げ飛ばした。
 ドサッと鈍い音が庭の方から聞こえてくるが、いつもの事なので彼女は気にも留めずまたチクチクと裁縫を再開したのだった。


 白雪とのジャレ合い(殺り合い)を終えたぬらりひょんは、渡殿に寝転がりハァと溜息を吐いた。
 彼女と居ると自分のペースが乱される。いつもなら、嫌だと思うことも悪くはないと感じる自分がいる。
 京入りを果たしてから、毎日が食うか食われるかの殺伐とした生活を送っていた。今もそれは変わりないが、彼女の腕(かいな)は温かく心の安寧を齎した。
「邪魔よ」
「ん? 雪女か」
 ぼんやりと宙を見ていた視線が、雪女に注がれる。
「瑞の説得は出来たの?」
「いや、全然」
 いくら誘っても『是』と首を縦に振らない彼女に対し、ぬらりひょんは焦る一方だった。
 若い娘が一人で生活するのは危ないとか、桜や九重らの食事事情を裕福になるとか、色々と言ってみたがダメだった。
 返ってくるのは、いつも同じ言葉で『ここを離れる気はありません』である。
「ま、そうなるわね」
「お前は、どっちの味方じゃ」
 雪女にシレッと返され、ムッとしたぬらりひょんは愚痴めいた言葉を零すと、彼女は心底呆れた顔で宣った。
「瑞に決まってるじゃない。何で私が、総大将の味方なんかしなきゃならないのよ」
「……」
 雪女の言葉に、ぬらりひょんは無言になる。分かりきったことだが、こうもハッキリと言われると頭の威厳もあったもんじゃない。
「ここの居心地が良いのは認めるわ。でも、いつまでもここに居るわけにはいかない。それくらい分かってるでしょう」
「……嗚呼」
「一旦、島原へ戻りましょう」
「………………………………そうじゃな」
 一度出直すかと腹を括ったぬらりひょんに、雪羅はそうそうと話を続けた。
「あの子、薬剤師なのよ。鴆と話が合うんじゃない?」
「鴆か……よし、あれと引き合わせてみるか」
 藍を部下に紹介したことで、後に恋の好敵手が増えるなどと露知らずぬらりひょんは意気揚々と彼女のところへと向かったのだった。

*prevhome#next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -