小説 | ナノ

転機が訪れる [ 75/259 ]


 ぬらりひょんと雪羅が島原の屋敷に帰ってからのことだ。一人の女性が、子供を抱えて私達の屋敷に訪れたのが、事の発端だろう。
「御免下さい。薬を…薬を分けて下さいませ」
 涙を流しながら門を叩く女性の声を聞きつけた桜が、門を押してヒョッコリと顔を出す。
「おばちゃん、だれ?」
「ここの子? お願い。お母さんか、お父さんを呼んで頂戴。子供を子供を助けて欲しいの」
 必死の形相で懇願する女に、桜はコクンと頷きママを呼んでくると屋敷の中へ戻って行った。
 渡殿をバタバタと駆ける桜に、その音を聞きつけた小妖怪が声を掛ける。
「どうした?」
「んと、おきゃくしゃまなの。ママはどこ?」
 ピタと足を止め客が来たと話す桜に、小妖怪は薬を取りに来た輩がいるのかと思案する。
「藍なら庭で薬草摘みしてるはずだ」
「あい」
 裸足で庭に出ようとした桜に、小妖怪は慌てて静止を掛ける。
「ちょっと待った!! 裸足で外に出るんじゃない。そこに草履があるだろう。それ履いていけ」
「ブーッ」
「ブーじゃない。足が汚れるだろう」
「……あい」
 渋々といった感が否めないが、桜は小妖怪の言葉に従い草履を履き藍が居るであろう場所へとターッと走っていった。
 荒れ放題だった庭も、綺麗に整備され家庭菜園と薬草スペース分けられている。広すぎる敷地は、子供の足では少々時間が掛かる。
 腰を下ろし籠に摘んだ薬草を入れている藍を発見した桜は、ビタンと彼女の背中に飛びついた。
「キャッ!? 桜、驚かさないでよ」
 胸を押さえる藍に、桜はニコォと笑うばかりで反省の色はない。
「どうした桜?」
「んと、おきゃくしゃまなのー」
 猫又の質問に、桜は完結に答える。その答えに、藍はだから九重が居ないのかと納得した。
 彼女は、人に対し恐怖感を持っている。突然の来訪者にビックリして隠れたのだろう。
「呼びに来てくれてありがとう桜」
「えへっ」
 汚れた手で頭を撫でるわけにはいかず、礼だけ言うと籠を持ち玄関へと向かった。


 玄関先で見たのは、子供を抱え泣く母親の姿だった。
「どうされましたか?」
「私は、ご両親を呼んでって言ったのに」
 苛立ったような声で話す女に、藍は微苦笑を浮かべる。少し後ろに控えていた猫又は気分を害したようだ。
「あの子の母親は私です。ようこそ、薬膳堂へ。どうぞ、中へお入り下さい」
「貴女が? どうみても子供じゃない」
 苛立ちがピークに達したのか、金切声で喚く女に猫又が威嚇体制に入ったのを察し彼の名前を呼ぶ。
「斑さん、ダメよ」
 猫又を一瞥すると、彼はチッと舌打ちし女を睨みつけている。
「薬膳堂の店主をしてます。瑞と申します。今日は、どのようなご用件で来られたのですか?」
 藍の自己紹介にポカンとした顔をする女に、初対面の者は大抵呆気に取られるので慣れた。
「どうぞ、中へお入り下さい。玄関先でするお話ではありません」
 彼女を招き入れ、客室に通す。座布団に座らせ、私は彼女の話を聞くことにした。
「それで、今日はどうされましたか?」
「息子を助けて欲しいんです」
 腕に抱かれたのは、丁度桜と同じくらいの子供で顔や首に赤い丘疹が見られる。よく見ると、膿疱が破れているものが所々見られ恐らく二次感染を起こしているようだ。
「お医者様には掛かられましたか?」
 女は、言葉を詰まらせ視線を彷徨わせる。恐らく掛かっていないのだろう。
「私は医者ではありません。お医者様の処方を受けてから来て頂けませんか?」
「医者に掛かるだけのお金なんてありません! お願いします。薬を分けて下さい」
 彼女の言葉に、藍は眉を寄せた。薬は、一歩間違えれば毒にもなる危険な代物だ。おいそれと出すわけには行かない。
 チラリと猫又を見ると、彼はクイッと顎をしゃくりスタスタと部屋を出て行った。
「……少し待っていて下さい」
 彼の後に続き部屋を出ると、猫又は藍を見上げていった。
「お前の目から見て病名は何だと思う」
「恐らく、水疱瘡だと思います」
「正解だ。取敢えず、お前が子供を預かり様子を見たらどうだ? 勉強にもなるだろう」
「……私、医者じゃないんですけど」
 アバウトな猫又の言葉に眉を寄せるが、彼はシレッとした顔で言った。
「医者に掛からず薬だけ欲しい言ってんだ。それがどれだけ危険か分かるだろうよ」
 身を持って体験すればいいと暗に言う猫又に、私は顔を引きつらせる。
「それに、いずれは医者になるんだろう。遅かれ早かれ命を預かるんだ。俺もついてるし、滅多なことはねーよ」
 そこまで言われ、私は腹を括ることにした。女を待たせている部屋に戻り、薬を出すことを伝える。その代わり、条件を三つ出した。
 一つは、患者の子供を完治するまで預かること。二つ目は、最善を尽くすが万が一助からない場合がある。例え死んだとしても文句は言わないこと。三つ目は、入院費の代わりに彼の着物や食べ物を用意すること。
 念書に血判を押させ藍に子供を預けると彼女は帰っていった。この出来事が、後に噂を呼び治癒姫と訳の分からないあだ名を付けられることになろうとは、まだ知る由も無かった。

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