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少女、妖怪の大将に懐かれました。 [ 73/259 ]


 極々普通に看病していただけなのに、何故かぬらりひょんに懐かれた。
「……あのぉ、そろそろ家に帰ったらどうですか?」
「瑞が、一緒に来るなら帰る」
 いやいやいや、おかしいだろう。何を言ってるんだこの妖は。思わず声に出して突っ込みを入れそうになった私は、慌てて口を紡ぐ。
 眉間には深い皺がここ最近刻まれていると雪羅にも言われたくらいだ。風邪を引いて泊めたまでは良かったが、あれからもう一週間は過ぎている。
「……何故私もついて行かなければならないんですか」
「ワシが、傍に置きたいからじゃ」
 大方、彼好みのご飯だったのか。または、珍しい食事を作る人間と認識されたのか。彼にとって興味をそそる対象になっているのは分かる。
 だからと言って、何故そうなるのか全くもって理解できない。傍に置かなくても、食べにくれば済むことだろう。
「馬鹿も休み休み言って下さいな。妖様は、組の頭なのでしょう。こんなところで油を売って、部下の皆さんが心配してるのではありませんか」
「何じゃ心配してくれとるのか?」
「人の話聞いてます? 部下の皆さんの心労を心配してるのであって、貴方の心配なんてこれっぽっちもしてません」
 ピシャリと一刀両断するが、ぬらりひょんは全然堪えていない。それどころか、
「何じゃ照れてるのか? 愛い奴じゃな。照れるな照れるな」
と自分の都合の良いように受け取る始末。流石リクオの祖父だけあって、一筋縄ではいかない。
「雪羅さん、貴女の上司でしょう。何とかして下さい」
 埒が明かないと雪羅に視線を寄こすが、彼女はお茶を啜りながら私達を一瞥した後、お菓子を摘みつつ言った。
「総大将頑張って瑞を落としてよね」
「おう、任せとけ」
 雪羅の裏切り(声援)に、ぬらりひょんは良い笑顔で答えている。
 この馬鹿共はっ、と怒鳴りつけそうになりグッと言葉を飲み込むこと数回。嗚呼、本当に勘弁してくれと心の中で涙した。
「瑞はやらん。とっとと巣に帰れ田舎妖怪!」
 猫又は、毛を逆立てながらぬらりひょんを威嚇する。
「黙れ飼い猫に成り下がった妖怪が! 貴様にとやかく言われる筋合いはないわ」
 睨み合う一匹と一人、それを傍観する者が一名。止めるのは、常に私の役割で最終的に雷を落とすのが常である。
「喧嘩するなら出て行きなさーいっ!!」
 ペペイッと猫又の首を掴み外へ放り投げ、ぬらりひょんはゲシッと足で蹴り出す。
「暫く戻って来ないで下さい! 家事の邪魔です」
 渡殿から彼らを見下ろしながら宣い、その足で部屋の掃除をするべくその場を後にした。
 ギャーギャーッと背中で喚く声が聞こえるが気にしない。気にしたら、何も出来なくなる。
「……全く、本当にどうしようもない方たちなんだから」
 私は、ハァと大きなため息を吐きつつ家事を勤しんだ。


 私が家事を勤しんでいる頃、雪羅は外で喧嘩をしている上司と猫又のやり取りを心底呆れた顔でそれを眺めていた。
「よくも飽きずに毎日やれるわね」
 ボソッと呟かれた言葉には、馬鹿馬鹿しい喧嘩を繰り広げている彼らに対して嘘偽り無い評価である。
「大体こいつが、五月蝿いのが悪い! 大体なんで貴様の許可が必要なんじゃ。瑞の気持ち次第じゃろう」
「その張本人が、是と言ってないのに連れて行こうとするのが悪いんだろうが!! 責任転嫁すんな若造」
「何じゃと!? 飼い猫に成り下がった耄碌ジジイのくせに」
「ほぉ……余程死にたいようだな」
 言い争う声は次第に苛烈になり、収拾が着かなくなって来た。早々に止めるのを放棄した彼女の行動は正解だったかもしれないと雪羅は思う。
「あんた達が、下らないことで言い争っているから瑞が怒るのよ」
 雪羅としても彼女が、奴良組に居たらそれは楽しいと思う。が、当の本人はその気がない上にぬらりひょんを軽くあしらっている。
 ぬらりひょんはというと、それに気づいているのかいないのか。彼女の気を引こうとしては、怒りを増徴させるというある種の才能を持った方法で関心を引いていた。
「瑞の言う通り一度戻らないと、烏天狗に泣かれるわよ」
「うぐっ……」
 雪羅が姿を消し、次いでぬらりひょんが姿を消したのでは組内は相当混乱しているだろう。
 ここは、江戸ではないのだ。烏天狗の眷属も使えない。諜報活動を担っている彼でも居場所を突き止めるのは容易ではないだろう。
「帰れ帰れ。二度と来るな。雪女、お前はいつでも良いから来い。あいつやチビ共に顔を見せてやれ」
「あら、偶には良いこと言うじゃない猫又。じゃあ、遠慮なくお邪魔するわ」
 猫又の言葉に気を良くする雪羅と裏腹に、ぬらりひょんの機嫌は急降下する。
「何で雪女は良くてワシはダメなんじゃ!!」
「「そりゃ、貴様(総大将)が危険人物だからだろう(でしょう)。近寄ったら妊娠する(わ)! 絶対に!!」」
 あんまりな言い草にぬらりひょんは、文句を言いたくとも何十倍になって返ってくるのが経験上分かっているのか無言を貫いている。
 言いたい放題言われた挙句、言い返せない現実(手癖&女癖の悪さ)に周りに言い負かされたぬらりひょんはドスドスと荒々しく渡殿を歩き去る。
 大方、瑞の下へ言って我侭を言うのだろう。臍を曲げたぬらりひょんの機嫌を取るのは瑞の役目になるのだが、手放しで甘えられる存在は彼にとっても悪いものではないと雪羅は思った。
 内外からの敵と総大将である重圧は、常について回る。無意識で求めたのが、瑞なのは趣味が良いと言えるだろう。
 しかし、 雪羅は残った茶菓子を放り込み、モグモグと租借する。ズズーッとお茶を啜った後呟いた。
「総大将に瑞をくれてやる気は更々無いのよね」
 その呟きは、とても小さくて猫又の耳にさえも聞こえなかった。

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