小説 | ナノ

さよなら遠野 [ 51/259 ]


 約束の満月の夜、奥州遠野一家総出で薬草摘みに出かけました。私と桜は、彼らのために朝から善哉作りに励んでいた。
 ぬらりひょんが、ちょっかいを出してくるのには困るが、それも今日までと思えば何てことはない。
 大釜で炊いた善哉は、ざっと二百人分だ。早い者勝ちだと言って送り出しただけあって、甘味は好きなのか開始早々に戻ってくる者も多かった。
「おーい、薬草はどこに置けば良いんだ?」
「ご苦労様です。指定の箱に入れて下さいな」
 声を掛けられ指定の箱に入れるよう促すと、いそいそとお善哉のある釜の前にやってくる妖怪に桜がお絞りを手渡す。
「どーじょ」
「おお、ありがとうな」
 妖怪は、汚れた手を拭き桜の頭を軽く撫でている。桜は、どこへ行っても可愛がられるのは天性の才だろう。
「お善哉です。冷えた身体を温めて下さいね」
 小ぶりのお椀に盛られた善哉と箸を渡すと、美味しそうに食べている。
「藍、もう箱の中身いっぱいじゃぞ」
「あら? そうですか。じゃあ、新しい箱を用意しないと……」
「よいよい。ワシがやる。お前は、あいつらに善哉でも渡しとけ」
「じゃあ、お言葉に甘えますね。お願いします」
 ぬらりひょんの言葉に甘え、私は戻ってくる妖怪達に善哉を振舞った。私達のやり取りを見ていた紫が首を傾げて問い掛ける。
「藍とぬらりひょん様は夫婦?」
 ボトッと思わず落としてしまったお玉は、土が付いていて使い物にならない。
「ちちち違いますっ! そんなんじゃあありませんから」
 一昨日の出来事を思い出してしまい私は赤面しながら否定する。
「藍、説得力ない」
「うっ……」
 小さな子(見た目)に呆れた目で言われるとグサリと胸に来るものがある。
 夫婦以前に、年齢的に無理があるし、何より彼自身ずっと思い続けてる人がいるのだ。
 あの夜も、私と瑞姫を重ねて見ていたんじゃないかと思う。
 珱姫のことは好きだったと思うが、ぬらりひょんにとって忘れられない人は珱姫でなく瑞姫だと思う。
「ぬらりひょん様には、心を寄せる方がいらっしゃいますから。それは私じゃありませんよ。お玉を落として汚したので洗ってきますね」
 私は、それ以上の追及は避けたいと思い曖昧な表情を浮かべ釜から離れた。


 赤河童との約束通り総出で行った薬草摘みは、指定していた量を遙かに上回っていた。
「赤河童様、遠野の皆様、本当にありがとう御座います。お陰で、こんなに集まりました」
 深々と頭を下げると、
「こちらの方こそ美味い善哉を食わせて貰って礼を言う。奴良組に愛想が尽きたら遠野へ来るといい。藍、お主なら我等は歓迎するぞ」
 思わぬ赤河童の言葉に目頭が熱くなった。本家の妖怪は無条件で私を受け入れてくれた。
 それは、ぬらりひょんやリクオの力が強い。
 誰とも盃を交わさないプライドの高い遠野の妖怪が、私を認めてくれたのは凄く嬉しい。
「赤河童様……」
 お礼を言う前にお礼を言おうとしたら、ぬらりひょんに抱き寄せられ言葉を遮られる。
「誰がやるか。藍が、奴良組を出て行くわけねぇ。冗談は、その顔だけにしろ」
 失礼極まりない暴言をサラッと吐くぬらりひょんに、赤河童も負けてはいなかった。
「訂正しよう。ぬらりひょんに愛想尽きたら何時でも来るがよい」
「何じゃとぉぉおお!」
 シレッと毒を吐く赤河童に、ぬらりひょんの短い堪忍袋の緒がプツッと音を立てて切れる。
 感動のお別れも、ここまで行くとコメディにしかならない。
 思わず零れた笑みに、ぬらりひょんは拗ねた顔で私を軽く睨んだ。
「……何笑っとる」
「いえ、愛されてるなぁ……って思いまして。赤河童様、ありがとう御座います。この三日間、本当に楽しゅう御座いました。そして遠野の皆様、至らぬ私を助けて下さりありがとう御座います。ま
た、お会いできる日を楽しみにしています」
 深々と頭を下げる私を見習うように、桜も隣でペコリと頭を下げている。
「挨拶は済んだな。帰るぞ」
「はい。それでは、皆様さようなら」
「バイバイ」
 桜を抱き上げ、ぬらりひょんと共に外へ出る。朧車の他に小判舟が待機していたのには驚いた。
「ぬらりひょん様、こちらの方は?」
「ん? ああ、小判舟っつてな。奴良組名物戦略空中妖塞『宝船』を守る小判舟じゃ。薬草が、結構な量じゃったから小判舟を呼んどいた」
「そうですか。じゃあ、荷物も既に小判舟の中に?」
「そうじゃ。さ、ワシらも帰ろう。我が家に」
 目を細め優しい眼差しで手を差し伸べるぬらりひょんに、私は顔を赤らめながらその手を取った。
 後で気付いたのだが、遠野で拾った白蛇を持ち帰ってちょっとした騒動になるのは、まだ知らぬ未来のお話である。

*prevhome#next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -