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宣戦布告 [ 52/259 ]


 薬草は先に薬鴆堂へ届けてもらい、藍たちは奴良邸へと戻ることにした。ほぼ徹夜の状態で、腕の中で眠る桜を抱えながらウトウトしているとぬらりひょんが抱き寄せてきた。
「何ですか?」
 抵抗する気力も無くぼんやりとぬらりひょんを見上げると、頬を撫でながら寝ろと言われた。
「藍は、よくやった。疲れたじゃろう。もう寝ろ」
「でも……」
 一度寝てしまえば、なかなか起きない性分で奴良邸に着いた時に起きれる自信が無い。ぬらりひょんは、心情を見透かしているのかクツリと笑みを浮かべている。
「ワシが、おぬしの部屋まで連れてってやる。桜と一緒に寝ておれ」
「はい……」
 モゾッとぬらりひょんの腕の中で身じろぎし、早々に意識を手放した。リクオとは異なり、大きな腕は安心感があった。


 夜も明けようかという頃、小判舟は奴良邸の上空に到着した。
「総大将!! 心配したん…です…よ…」
 無断で二日も開けてたことに腹を立てる烏天狗は、怒鳴りつけてやろうと思っていたが彼の姿を見て言葉を失う。
「悪い悪い。藍が、どうしても残ると聞かんかったからな。ワシも残ったんじゃ」
 悪びれずに言う姿は、若い姿を保っている。リクオが生まれてからは一度としてその姿を見せなかっただけに烏天狗はどういう心境の変化だと首を捻った。
「いつものお姿ではないんですね」
「あの姿じゃと、こいつを運べんからな」
 腕の中には安らかに眠る少女の姿があり、彼女の腕には桜の姿もある。なるほど、確かにこれではあの姿で運ぶのは難しいだろう。
「自分の仕事を全うすると有言実行に移し、人でありながら遠野の者達に受け入れらたよ。本当にいい女じゃ」
 ぬらりひょんは、目を細め慈しむかのように腕の中で眠る藍を見ている。まるで、恋をしているかのような目だ。
 リクオも藍に執着しているが、ぬらりひょんも藍に執着を見せている。単に、彼女が瑞姫に似ているから面影を重ねていたのかと思っていたが、そういうわけでもなさそうだ。
「藍っ……ジジイか?」
 烏天狗の声を聞いて出てきたのか、妖怪化したリクオがバタバタと廊下を走ってきた。藍の姿にホッと息を吐いたのも束の間、見慣れぬ若いぬらりひょんの姿に目を大きく見開いている。
「うるさいぞ。藍が、起きる」
 リクオを一瞥し渡殿から中へ入ろうとするぬらりひょんに、リクオが硬い声で止める。
「……そいつは、俺のもんだ。俺が運ぶ」
「お前は寝てろ。藍は、ワシが運ぶ」
 ぬらりひょんは、薄らと開いた彼女の唇に己の唇を軽く押付けペロリと舐める。
「んっ……」
 甘やかな喘ぎを一つ零し、気持ち良さそうに眠る藍にぬらりひょんは笑みを深くする。
 一方、宣戦布告を受けたリクオはカッと頭に血が上りぬらりひょんに掴みかかろうとするが、年の功かあっさりと交わされる。
「カラス、藍は起きるまで寝かせておけ。学校には、若菜さんから休みの連絡を入れて貰うようにな。後、リクオ…こいつはお前のもんじゃねぇ。藍自身が決めることじゃ」
 ぬらりひょんは、そう言い残すと藍の部屋へと足を運んだ。
 正論を突きつけられたリクオは、ギリギリと歯を噛締める。ぬらりひょんの言う通り、藍は藍自身のものだ。それは頭で分かっている。
 だが、心は彼女を欲し誰にも渡したくないのだ。ぬらりひょんの行動は、明らかに自分と同じ感情を抱いている者のそれだ。
 嫌な予感はしていたのだ。ぬらりひょんが、藍にキスをしたと聞いた時にからかいが恋情に変わるのではないかと懸念していた。
 案の定と云うべきか、藍に魅入られ囚われた男の一人となった。氷麗やカナらよりも手強い上に強かだ。
 押しの弱い彼女のことだ。うっかり流されて……なんて容易く想像できる。
「誰が、やるかよ。誰が、何というおうと俺の女だ。絶対渡さねぇ」
 リクオは、煮えくり返るドロドロした感情を大きな溜息と一緒に吐き出す。
 ぬらりひょんなら相手にとって不足なし。藍自身に自分を選ばされば良いのだ。
「烏天狗、俺も学校を休む。母さんには、そうだな…腹痛とでも言っとけ」
「は? ちょっ、リクオ様?? それは、無理が……」
「ジジイと一緒にさせてたまるか! 絶対、藍に手ぇ出すぞ」
 そう断言するリクオに、烏天狗はまさかと言い募るが彼から出た説得力のある一言で仮病の片棒を担ぐこととなった。
 その言葉とは、『俺のジジイだぞ? 好きな女が目の前に居て手を出さないわけがない』である。
 リクオは、自室ではなく藍の部屋の方へ向かって歩いている。恐らく彼女の部屋で寝るつもりなのだろう。
 烏天狗は、リクオとぬらりひょん…そして藍の三角関係に頭を悩ませた。瑞姫が居たころの再来か。あの頃は、鯉伴とぬらりひょんだった。
 藍が、どちらを選んだとしても修羅場になるのは免れないだろう。いっそうのこと、二人のものになれば丸く収まるのかもしれない。
 どちらも我が強く独占欲が強いので難しいだろうが、他の輩よりは肉親だけあって互いのことを分かっている節がある。
 共有するならばと譲歩する確率の方が高い。藍には悪いが、諍いを起さないで貰えれば烏天狗としてはありがたい。
「藍、頑張れよ」
 無責任な応援が、白ばんだ空に響いたのだった。

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