小説 | ナノ

昔語り [ 23/259 ]


 清十字怪奇探偵団のおやつ係に任命された藍です。今日は総会があるらしく、屋敷の中はいつもと比べて忙しい。
 家族以外の人間が一人紛れ込んでいることもあり、配膳は氷麗と毛倡妓に任せて、若菜と一緒に夕飯の支度をしていた。
「総会の日は、賑やかなんですね」
「そうねぇ。いっぱい妖怪が来るから、夕飯も作りがいがあるわ♪」
 普段の料理だけでも結構大変だと言うのに、料理を作る手を休めずにニコニコと笑う若菜は大物だ。
「料理が終った後で良いので、台所借りても良いですか?」
「何か作るの?」
「ええ、クラブでお菓子係に任命されて……。材料費は、出して貰えるので色んなお菓子に挑戦してみる良い機会ですのでお菓子の腕も磨こうかと」
 料理と異なり、お菓子はキッチリと分量が決まっている。手順さえ間違えなければ、そこそこの味は作れるのだ。私は、凝り性なので追求してしまうだろう。
「良いわね! 是非、出来たら食べたいわ。何を作るの?」
 キラキラと目を輝かせてお菓子を想像している若菜は、とても一児の母親とは思えないほど可愛らしい。
「生八つ橋と野菜ケーキです」
「野菜ケーキって美味しいの?」
 野菜ケーキと聞いて味を想像出来なかったのだろう。首を傾げる若菜に、私はクスリと笑みを浮かべた。
「野菜ケーキと言っても、フルーツが主ですから食べやすいですよ。それに、約一名栄養失調にならないか凄く心配な方がいらっしゃるのでお菓子でも栄養が取れるように工夫したいんです」
 思い浮かんだのは、お腹をいつも空かせてるゆらの顔。本当は、ご飯でお腹いっぱいになれれば良いのだが、彼女の財源を考えるとそれも難しい。
 お節介かもしれないが、お菓子を工夫して栄養源になれればと考えたのだ。
「その子、ご飯食べれてないの?」
「食べているとは思うんです。上京してきたばかりの子で、家の関係もあってか自活してるみたいです。私と同い年なのに陰陽師をしてるんですよ」
「もしかして、この間うちに来てた子? えっと……名前が思い出せないわ」
 若葉は、うんうんと唸り考え込んだ。顔は覚えているようだが、名前までは記憶にないらしい。
「花開院ゆらさんですよ。海女と出会ったのも、彼女が居たからです。色々とお世話になっているので、何かしてあげたいんですけど何も出来ないので……」
 微苦笑を浮かべる私に、若葉はポンと手を叩き名案が浮かんだとばかりに笑った。
「なら、お弁当を作ってあげれば良いのよ! お弁当の一つや二つ増えてもどうってことないし、藍ちゃんだけでなくリクオもお世話になっているんだからお礼にはなるわ。あー、すっきりした」
 ニコニコと自己完結する彼女に、私は突っ込む気力はない。どこまでもマイペースな若葉に、何を言っても無駄なのだ。
 確かにゆらの食生活には、心配するものがあったのでお弁当は名案かもしれない。
「若菜さん、ありがとう御座います」
「どういたしまして。リクオが、ヤキモチ焼いちゃうかもしれないけど藍ちゃん頑張れっ☆」
 余計な一言に、私の頬がヒクリと引きつる。ああ、やっぱり一言リクオに断りを入れておいた方が良いかもしれない。絶対怒らせてしまう気がする。
「料理も作り終えましたね。片付けは私がしておきますので、お部屋で休んで下さい。後で、お菓子持って行きます」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
 若菜から片付けを引き受けた私はせっせと台所を片付けた後、買ってきた材料とネットで調べた生八つ橋のレシピを調理台に広げた。


 台所を占領して一時間ほど経った頃、漸く完成した。試作品を含めて15個。食べやすいようにカップケーキにしてある。
 マトリョーシカのイラストが描かれた可愛らしい大きめのサンドイッチボックスに詰めていく。
 余った5つはどうしようかと考えていたら、ニュッと横から手が伸びてカップケーキを掴んでいる。
 一瞬何が起きたのか分からなかったが、つまみ食いする相手は限られているので私は呆れた顔でカップケーキをつまみ食いした主に文句を言った。
「ぬらりひょん様、つまみ食いしなくても差し上げますから気配を消して近づかないで下さい。ビックリするじゃないですか」
「便所の帰りに美味そうな匂いがしての。つい、釣られたんじゃよ。おお、生八つ橋じゃ。これもくれ」
 了承を得る前に口の中に生八つ橋を放り込むぬらりひょんに、私は軽く睨みハァと溜息を吐いた。
「せめて返事を聞いてから食べて下さい」
「遅かれ早かれ腹の中に納まるんじゃ。良いじゃねぇか」
「そういう問題ではありません」
 生八つ橋はリクオのために作ったもの。ぬらりひょんが食べてしまっては元もこもないのだ。
「それ以上は、食べてはダメですからね」
 リクオ分の生八つ橋を非難させながら言うと、ぬらりひょんは不服そうにこちらを見る。
「余っておるじゃろ」
「いいえ、これは若様の分です。ぬらりひょん様には、また作って差し上げますから。これはダメです」
 ぬらりひょんにも通用した生八つ橋の味は、恐らく問題ないだろう。
 しかし、貰えないと分かるといじけはじめた彼を見て、大きな子供が目の前にいる錯覚が襲う。
 これで良いのか奴良組と心の中で突っ込みを入れつつ、散らかった台所を片していく。
「……昔、お主に似た女がおった。こうして、ワシに甘味や飯を作ってくれたものよ」
 昔を懐かしむように語り出すぬらりひょんに、私は思い当たる人物を浮かべクスリと笑みを浮かべた。
 珱姫との思い出を聞きたい気持ちもあったが、ぬらりひょんを総会の途中だったことを思い出した。
「私で良ければ、いくらでもお作り致します。お菓子を食べながら、その方のお話を聞かせて下さいね」
「――っ……ああ、そうじゃな」
「そろそろお戻りになられた方が良いですよ。総会を抜け出してお菓子のつまみ食いをしていたことを烏天狗さんに知られたらお説教されます」
「分かっておるわ」
 ぬらりひょんは、ヒラヒラと手を振り台所を後にした。私は死守した生八つ橋を盛った皿にラップをかけ、約束どおり若菜のところにカップケーキを持って行ったのだった。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -