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仲直りのキス [ 22/259 ]


 勝手にお菓子係に任命された私は、自分の作れるお菓子などたかがしれているので本屋に来ていた。
 材料費は、清継が全面的に出してくれるのでここぞとばかりに普段作らないものを作るのも良いかもしれない。
 料理本のコーナーでパラパラとお菓子の本を物色する。
「ね、ね…これなんかどう?」
 カナが差し出してきたのは、初級のお菓子本だ。
「藍ならもっと凝ったものを作れるわ。これなんか良くない?」
 氷麗が持っているのは、上級編のお菓子本。二人して何張り合ってるのだろうか。頼むから私を巻き込まないで欲しいと心の中で呟く。
「そうですね……。リクオ君は、何が食べたいですか?」
「僕? うーん…八ツ橋が食べたい」
「……八ツ橋ですか。味の保障は出来ませんが、頑張ってみます」
 京銘菓八ツ橋、米粉・ニッキ・砂糖を主原料とした伝統菓子だ。生八つ橋と固いお煎餅の八ツ橋がある。
 そう言えば、羽衣狐編でぬらりひょんがリクオに八ツ橋をお土産に頼んでいた気がする。八ツ橋好きは、遺伝なのだろうか。
「藍ちゃん、八ツ橋って作れるものなの!?」
「作れると思いますよ。本来なら米粉を使うんですが、白玉粉と上新粉で代用すればお家でも作れると思います。小学校の修学旅行が京都だったんですよ。八ツ橋の専門店で実演販売していたのを見たことがあるので、うる覚えですが手順を思い出して作れば何とかなるでしょう」
 かなりうる覚えなので、戻ったらネットで調べて方が良いかもしれない。
「藍は、何でも出来るのね」
 感心したように氷麗が褒めるのを、私は微苦笑を浮かべるだけに留めた。
「氷麗ちゃんとカナさんは、何が食べたいですか?」
「うーん、私はチョコレートかな。ガトーショコラとか好き」
「私は、アイスクリーム! ストロベリー味」
 二人とも難易度高いですとは突っ込まなかったが、リクオのリクエストと張れるくらい手間がかかるお菓子を選んでいる。
「和菓子と洋菓子の本を二つ買って、全部作り終えたら新しいのを買えば良いでしょう。氷麗ちゃん、カナさん選んで貰えますか?」
「もちろんよ!」
「分かったわ」
 彼女達の意識が本に集中しているのを確認した後、私はリクオの手を引き二人の傍からソッと離れた。
 周囲から死角になる参考書コーナーへ移動すると、私はリクオの手を離す。
「何?」
 素気ないリクオの態度に、私は眉をへにょんと下げる。
 言いたいことはあったのだが、もごもごと口を動かすだけで言葉に出来ない。
「ハァ……僕は、怒ってるんだ。何で怒ってるのか分かってるよね?」
「はい……」
 カナや氷麗達と仲良くしているだけで凄く怒る。リクオは、仲良くするなとは言わないが他人を優先すると怒る。
 ちょっとした冗談のつもりも、どこで彼の逆鱗に触れるか分からないのだ。
「あの…その……どうしたら許してくれますか?」
 スカートの裾をキュッと握り締めながら、リクオに伺いを立てると彼はニッコリと笑みを浮かべて言った。
「ここでキスして」
「えっ…ここ、お店ですよ」
 店の中ですることじゃない。そもそも、私がリクオにキスしなければならないいわれもない……はず。
「許して欲しいんでしょう?」
「う”っ……そうですけど」
「仲直りのキス」
 年の割りにスキンシップが激しいと思うが、キス一つで自分の貞操が守られるなら文句は無い。
 恋人でもないのにキスを強請る彼は、絶対ぬらりひょんの誑しを色濃く受け継いでいるに違いない。
 キョロキョロと辺りを見渡し、人が居ないのを確認した後、私は彼の頬にチュッと唇を押し当てた。
「し、しましたからね!」
 恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になるのは仕方が無いと思う。
「藍……」
「何です…んっ、ャ…んんぅ…」
 振り向くとリクオの顔が直ぐ傍にあって、驚いて目を見開く私などお構いなしに自分の唇を押し当ててくる。
 止めてと口を開いたのを彼は見逃すはずも無く、舌を入れてきた。軽く絡めて吸い上げられる。
 いつもよりも短い口付けにほんの少し物足りなさを感じてしまった自分が憎らしい。
「これくらいの事はしてくれないと」
 ニヤッと人を食ったような笑みを浮かべるリクオに対し文句を言いたくても言葉にならなかった。
 憎たらしい彼をどうしてくれようかと睨んでいたら、カナと氷麗が本を持って駆け寄ってきた。
「二人してどこ行ってるのよ!!」
「探したんですよ!」
「えっと……」
「参考書を選んでたんだよ」
「そ、そうなんです。リクオ君に参考書を選ぶの手伝って貰ってたんです。それで、お二人とも本は選べましたか?」
 リクオのフォローに乗っかる形で私は、自分からお菓子に話題を変えた。差し出された本を見ると、結構難易度の高いお菓子レシピになっている。
「素人の私に作れるでしょうか……」
「大丈夫よ! 藍ちゃん器用だもん」
「それに藍の作ったものなら何でも美味しいもの」
 それは、過大評価と言うんですよ。心の中で突っ込みを入れつつも、難しい料理本2冊と適当に選んだ参考書1冊手にしお会計をするべくレジへと向かったのだった。

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