小説 | ナノ

君シリーズ.9 [ 75/145 ]

君触れる

 フワフワとして気持ち良い。佐久穂は、自分を抱きしめている温もりに擦り寄った。
 温もりが離れて行こうとするのに気付いた佐久穂は、手を伸ばしそれに触れた。
 薄らと目を開けると、鯉伴が佐久穂を抱き上げていて驚いた。
 壊れ物を扱うかのような仕草に、佐久穂は回らない頭でこれは夢なのだと思った。
「そっか、……夢か。そうだよね」
 夢でなければ、鯉伴が佐久穂に触れることはない。夢であることに佐久穂はホッと安堵する。
 自分の夢ならば、何をしても誰にも咎められることもない。
 無言で佐久穂を見つめる鯉伴に、手を伸ばし彼の頬に触れる。
 まるで本物のような質感に驚いたものの、佐久穂の手を拒むことは無かった。
「鯉伴さんだ」
 触れられたことが嬉しくて笑みを浮かべると、夢の中の彼は驚いたように目を大きく見開いていた。
 敷かれた褥に下ろされ出て行こうとする鯉伴の袖を掴み引き止める。
 折角の夢なのだ。いつも傍に居てくれない彼を独占したい。そんな気持ちが、佐久穂の行動を大胆にさせた。
「傍に居て下さい」
 少し躊躇う表情を見せた後、鯉伴は佐久穂の隣に座り言葉どおり傍に居てくれた。
 鯉伴が、何か話そうと口を開いたのを見て佐久穂は人差し指を彼の口元へ押し付ける。
「声を聞いてしまったら、全部消えてしまいそうだからダメ」
 そう言うと、彼は悲しそうな目で押し黙った。
「夢でも、私は貴方にそんな顔をさせてしまうのね」
 苦しげな顔。いつも鯉伴が、佐久穂を見るときにする顔だ。
「……鯉伴さんが、結婚を後悔しているなんて知らなかった。私が、貴方を苦しめていたなんて知らなかった。ごめんなさい。鯉伴さんに笑顔が戻るなら、私は何も要らない。いつ離縁を言い渡されても大丈夫なように出て行く準備は出来てるもの。もう、苦しまなくて済むから……今だけ、夢だけでも笑って」
 佐久穂の告白に鯉伴は、泣きそうな顔で注文どおり笑みを浮かべてくれた。
「鯉伴さん、好きよ」
 両手を伸ばし彼に抱きついた。抱きしめ返してくれる彼に、佐久穂はやはり夢なのだと確信する。
 褥に横たえられ仰向けになった佐久穂は、覆い被さってくる鯉伴の重みを受け止めた。
 重なる唇の感触を心地言いと感じながらも、こんなに都合のよい現実などありはしないとどこか冷めた心で彼を感じていた。
 鯉伴の手で暴かれる本性を晒し、快楽に身を委ねながらも夢で良かったと安堵した。
 起きれば、別れが待っているのならば夢で満たされたい。
 生々しい夢は、全て願望だと思うと顔から火を噴きそうなくらい恥ずかしかったが、今度は合意の上で身体を重ね合わせることが出来て嬉しかった。

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