小説 | ナノ

始まりは満月の下で.1 [ 61/145 ]


 丸い月が、やけに赤く見える夜に佐久穂に出会った。
 足元に転がる屍累々に眉を潜めるぬらりひょんに、彼女は感情が篭らない目でこっちを見ている。
「なに?」
 返り血を浴びてなお平然と立つその姿は異様で、問い掛けられたことにゾクリと背中が粟立ち思わず身構えていた。
「お前、何じゃ?」
 長ドスを突きつけられても、動じる様子もなく刃を掴み押し退けている。
「私は人よ。貴方は妖ね。こいつらの仲間?」
 肉の固まりとなった亡骸を蹴り飛ばしぬらりひょんを射抜く目は、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、下手なことを言えば容赦なく殺される。彼女からは、そういう雰囲気が感じられた。
「そいつらの仲間じゃねーよ」
「じゃあ、何?」
 矢継ぎ早に飛んでくる質問に、ぬらりひょんはどうしたものかと考える。
「そいつらにとっちゃぁ、ワシは敵さ。ワシのシマを侵した阿呆共に仕置きをしようと思って来たんじゃガ、あんたに先を越された」
 大きな栗色の瞳が、スッと細くなる。探るような視線を受け流しつつ、少女を観察していたら、彼女はフッと息を吐いた。
「帰る」
 くるりと背を向けスタスタと歩き出す少女に、ぬらりひょんは呆気にとられる。
 あれだけ殺気を撒き散らしていたのに、この豹変振り。ぬらりひょんは、思わず彼女の腕を掴んでいた。
「離せ」
 ブンッと掴まれていないもう片方の手で裏拳が容赦なく叩き込まれる。難なくそれを交わし、反撃されないように身体を押さえ込むと殺気が再び向けられる。
「ワシは、ぬらりひょん。あんた、名前は何て言うんだい?」
「ぬらりひょん……父さん達の仇!」
 名前を聞いた瞬間、少女の様子がおかしくなり次いで一体どこに隠し持っていたのか、脇差ほどの小刀がぬらりひょんの腕を掠めた。
「うぉっ!? 何すんじゃい」
「黙れ妖! お前のせいで、父さんと母さんは死んだんだっ。……殺してやる」
 憎悪に満ちた双眸が、ぬらりひょんを射抜く。彼女の本気を悟ったぬらりひょんは、舌打ちを一つし距離を開けた。
 噂になっていた妖怪を倒すくらいだ。彼女の力量は計り知れない。それに、気になることもある。
「ワシのせいで親父さんたちが死んだってどういうことだい?」
「その言葉通りよ」
 それ以上彼女の口から聞きだせることは何一つなく、結局腕から逃げ出した少女を追いかけることも出来ずぬらりひょんはその場に立ち尽くしたのだった。

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