小説 | ナノ

act35 [ 36/199 ]


 昼間ということもあり、閉まっている店は多い。活動する時間帯ではないから仕方が無いのだろうが、本当に化猫屋が開いているのか心配だ。
 石畳の階段を上った先にある一際大きな店が、ぬらりひょんが言う化猫屋だ。
「……閉まってんぞ」
 案の定と言うべきか、暖簾すら出ていないのにここでどうやって食事を取る気だ。
 ぬらりひょんは、私の腕を掴んだまま裏口らしき場所へと回る。勝手口をドンドンと叩くと中から頭に猫耳を生やした男が出てきた。
「まだ開店時間じゃないっすよー」
「悪いな。椿の間を空けてくれ」
 目をショボショボさせながら出迎えてくれた猫男の顔が、ビシッと固まりコクコクと頭を激しく縦に振っている。
 いきなり奴良組の大将が真昼間からやって来たのだ。驚きもするだろう。可哀想にと同情しつつも、物珍しさからか私はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「キョロキョロすんな。入るぞ」
「あ、うん」
 ぬらりひょんに手を引かれながら猫男の後について行く。テーブルとイスが並んだ一階を通り抜け、二階、三階と階段を上る。
 食事を楽しむように出来た作りの部屋ではなく、更に奥へと進むとVIP室のような場所へと案内された。
 明らかに他とは違う。装飾品がそれを物語っており、所々に置かれているものは相当根の張る物だと窺い知れる。
「すぐ、お酒と食事を運びますんで!」
「ああ、頼む」
 物凄く緊張した面持ちで頭を90度に下げる猫男に、ぬらりひょんはさも当然と言わんばかりの態度で食事を運ばせる。
 流石、魑魅魍魎の主だけあってうろたえもせず妖を従える姿は、リクオには無いものがある。
「で、話って何だよ」
 胡坐をかきながら本題に入れと促すと、ぬらりひょんは険しい表情で私を見て言った。
「佐久穂、捩目山でリクオに何をした?」
「何って?」
 言われている意味が分からず問い返すと、
「リクオからおぬしの匂いがした」
「は?」
 動物的嗅覚を披露され呆気に取られた。匂い…匂いってなんだ? 私の体臭って、そんなに強烈なのか?
 思わず自分の腕を嗅いでいると、ぬらりひょんに違うと言われてしまった。
「何やっとんじゃ、おぬしは」
「匂うって言うから、そんなに体臭がきついのかと思って確認してた」
 そう言うと、ぬらりひょんはハァと溜息を吐く。
「無駄じゃ、人には分からん。妖怪は、佐久穂から香る甘い匂いにつられる。リクオから佐久穂の匂いがした。それも移りが程度じゃ済まされねぇくらい強烈にな。佐久穂、リクオに血を飲ませたじゃろう」
 血を飲ませたことまで分かるとは、妖怪とは何て厄介な。
「……必要に駆られてだ」
 自分の判断が間違っているとは思わない。あの時、リクオまで血を飲ませる必要は無かったかもしれないが、牛鬼のために傷つけた指から流れた余り血を有効活用しただけである。
「佐久穂がしたことは、自分の首を絞めることだ。その身に流れる血は、妖怪にとって餌であり力の象徴だ。血を流し与えたことで、血眼になって探し狙ってくるだろう」
「………」
 最近は妖怪に追いかけられることも減ったので安心していたが、ぬらりひょんがそう言うのなら間違いは無いだろう。
「しかも、己の身を守る髪紐や数珠をホイホイ貸すとは死にたいのか?」
 心底黒い笑顔を浮かべて説教をするぬらりひょんに、正論なだけあって言い返すことが出来ない。
 懇々と説教を聞き流していると、「あの〜」と恐縮しきった猫男の声が割って入った。
「お取り込み中すみません。料理と飲み物をお持ちしました」
 テーブルの上に並べられた料理の多さに私のお腹は素直で、グーッと鳴った。
 それを聞いていたぬらりひょんは、盛大な溜息を吐いた。
「取敢えず飯にするか」
 ぬらりひょんの説教から開放された私は、目の前のご飯に目を輝かし美味しい料理に舌鼓を打ったのだった。

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