小説 | ナノ

act19 [ 20/199 ]


 何か忘れているような……。まだ明るいとあって、普段はカナとゆらを送る私だが今日に限って大丈夫と判断し帰路を歩いていた。
 目の前をチョロチョロと鼠が走りぬけ、私は何か引っかかると立ち止まる。
「ヤバイ! あれだ(旧鼠編だ)」
 五年も前に読んだ内容などうる覚えになりつつある私の残念な頭。一番街を通ってゆらは帰るはずだ。
「チッ……引き返すか」
 もと来た道を走り、ゆらが向かったであろう一番街へと向かう。
 島やリクオに次いでの俊足を誇るとはいえ、結構な距離を走るわけで一番街に足を踏み入れる頃には息を乱していた。
「あいつらどこに居るんだ?」
 キョロキョロと辺りを見渡しながら進むが、クスクスと私を笑いからかいを含んだ声で声を掛けられる。
 無視を決め込むが、腕を引っ張られる。
「……離せよ」
 睫毛バシバシのリーダーらしき優男とその取巻きに囲まれた。あれか、いきなり旧鼠との対面か!!
「つれなくすんなよ。あんた、三代目の知り合いだろう」
「どこの三代目だよ。いい年したおっさんが、主語抜かして喋んな」
 私の毒舌に、ヒクッと顔を引きつらせるリーダー格の男は妖気を放ちながら猫なで声を出してくる。気持ち悪いな。鳥肌が立った。
「奴良組の三代目だよ」
「知らねぇなぁ。俺、ヤクザに知り合いは居ねぇんだわ」
 あくまで白を切り通そうとする私に痺れを切らした男は、あっさりと本性を表した。
「嘘吐くんじゃねぇよ。奴良組に出入りしているところを俺の部下が見てんだよ」
 醜悪な鼠の姿と悪臭に思わず咽た。いくら人に化けてても、こんなのに嵌る女の気が知れない。
「鼠の妖怪だったんだな(知ってたけど)。で、何用だ? 俺は、連れを探してんだよ。お前に構ってる暇はない」
「随分と落ち着いてんな。本当に嫌なガキだぜ。お前、家長カナ・花開院ゆらを知ってるだろう。あいつらを預かってると言えば……」
 話が全部終る前に、私の足は出ていた。ガスッと奴の股間目掛けて思いっきり前飛び蹴りする。
「星矢さんっ!!」
 やっぱり旧鼠か。殺気立つ旧鼠の取巻きに、私は地を這うような低い声でカナ達の安否を確認した。
「あいつらに何をした」
 私の怒気に気圧される鼠共は、ハッキリ言って根性が無い。この程度ならリクオが来なくても何とか出来るんじゃないか?
「もう一度言う。あいつらに何をした。回答次第じゃ男として再起不能にしてやる」
 ギラッと睨みつけるが、背後から旧鼠の部下が居たことに気付かなかった私は、頭を殴られて地に伏せる。
「グッ……てめぇ…」
「この糞ガキがっ! ボスの命令が無けりゃあこの場で嬲殺し出来たのによぉ」
 腹をガンッと蹴り上げられ、髪を鷲掴まれ顔を無理矢理上げさせられる。
「お前もあいつら同様に三代目を誘き寄せる餌だ」
 薄れゆく意識の中で、私は絶対あの顔を思いっきり蹴り飛ばしてやると誓った。


 不意をつかれて頭を殴られたせいで意識を飛ばすとは情けない。気を失っていたのは、そう長い時間ではなかったようだ。
 頭に手をやるとタンコブが出来ていた。タンコブだけで済んだのが不幸中の幸いか。明日、念のため病院に行かないといけないな。
 視線だけ動かすと、大きなゲージの中に寝かされていた。ご丁寧にカラカラ回る玩具つきだ。
 店の裏にある広い場所に置かれており、その前には旧鼠が趣味の悪い椅子に座っていた。
 相手は、私が起きたことに気付いていない。私と同様に気絶させられているカナとゆらに声を掛けた。
「おい、ゆら大丈夫か」
「ん……えっ? 清継君、どうしてここに?」
「シッ、奴等に気付かれる。嫌な予感がして戻ったら巻き込まれた」
「そうなんや。家長さんは?」
「あっちで寝てる。取敢えず、脱出する機会を伺って……」
「逃げられるわけねぇだろう。このゲージは特製なんだぜ」
 旧鼠が、私の言葉を遮り自慢するようにゲージを叩く。私とゆらが起きたことに気付かれては、下手に動いて旧鼠の逆鱗に触れれば危険は増す。
 数珠はあるが、髪紐は解けて落としてしまったようだ。大人しくリクオ達が来るのを待つしかない。
「うぅん…ここ、どこ?」
「家長、大丈夫か? 痛いところはないか?」
「清継君。私は大丈夫だけど……そうだ、鼠の化物がっ!」
 襲われた時の恐怖からか、カナの目に涙が溜まる。私は、ポンッと彼女の頭に手を置きクシャリと髪を撫でる。
「大丈夫だ。何とかなる」
「全然大丈夫じゃねーよ。お前らは、ここで処刑されるんだ。ネオンの光が消えるのと共にな」
「なっ…処刑?」
「そうだ。三代目が約束を破ったらな……」
 嘘吐け。破ろうが守ろうが、私達を生かす気など無いくせによく言う。ゲージの入口には、奴の部下が塞いでいる。強行突破するには厳しい。
「三代目って何のことやっ! 旧鼠あほなことはやめぇ!」
「ゆら、相手を挑発すんなっ!」
 ゲージを掴み旧鼠に怒りをぶつけるゆらに、私は慌ててそこから引き離そうとするが遅かった。
「おい女、その名前で呼ぶなや。この町では、星矢さんって呼べやーっ!!」
 胸倉を掴まれ制服を引きちぎられる。布を切り裂く音と共に、彼女の胸元が露になる。
「ゆら!」
「花開院さんっ」
 胸元を手で隠し蹲るゆらに、私はフツフツと怒りが込上げる。
「式紙を持ってないお前はただの女だよ」
 ゆらを馬鹿にするような発言に私は切れた。ゲラゲラと笑う旧鼠の部下の顔面に柵の間から足を出し蹴りつける。
 通常よりも威力は少ないが、相手が油断してくれたお陰で思いっきり顔面に入りダメージは与えられたようだ。
「ふざけんなよ。こいつらに指一本でも触れてみろ。その取り繕った睫毛バシバシのキモ顔を原型が分からないくらいに変形させてやる」
「このガキッ!」
「待て」
 いきり立つ鼠に窮鼠が時計を見て止める。いや、止めたんじゃない。処刑の合図を言う気だ。数珠を外し、ゆらの腕に嵌める。
「家長を守れ。式が無くてもお前ならできる」
「でもっ……」
 涙ぐむゆらに、私は大丈夫だと笑う。リクオが助けに来る。そう確信があるから冷静になれる。
「そろそろ時間だ。来ないなら来ないで俺は構わんが……夜明け前の血がドロッとしてて美味いんだ。おめぇら、食っていいぞ」
 ゲージを開けて中に入ってくる鼠からゆらとカナを背中に隠すが、力の差は歴然で早々に捕まった私は鼠の鋭い牙が皮膚を破る。
「クッ……ゆら、家長っ!!」
「清継君!!」
「ぁ、ぁあ……いやぁああああーっ!!!」
 完全にパニックに陥ったゆらが悲鳴を上げる。痛みとぬるりとした感触に、流石に私も焦る。一向に来ないリクオ達に、死を覚悟した。
 白い靄と共に冷えた空気が前方から入り込んでくる。遅い到着に思わず遅いと呟いてしまった。

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