小説 | ナノ

act17 [ 18/199 ]


 反応すれば反応するだけ相手を喜ばせることになる。五年の中でディープな経験は、私を図太くしていた。
 フッと鼻で笑った後、自分より低いぬらりひょんを見下ろしながら宣う。
「俺は、面食いなんだ。ジジイには興味ないし、何より俺よりチビなんて論外だ。それに俺は男だ。性別無視すんな糞ジジイ」
「面食いでチビは嫌と……。これなら文句は無かろう?」
 一瞬、ぬらりひょんの身体が揺らいだかと思うと妙年齢の美丈夫へと姿を変えていた。
 一瞬の出来事に頭がついていかず、ポカーンッと口を開けるという醜態を晒す。
「……何で若い姿になれるんだ? あれか? これは、幻覚なのか?」
「そう思うなら、触ってみれば良いじゃろう」
 腕を掴まれ無理矢理その手を頬や胸へと滑らせる。卑猥なことを強要されている気分になるのは何故だろう。
「お肌に張りがある。……流石妖怪」
 滑々のお肌に少々嫉妬しつつも、その姿が幻ではないことをぬらりひょんは実際に触らせることで証明させた。
「この姿を晒したんじゃ。なって貰うぞ、ワシの女に」
「俺は男だっつーの。言葉理解出来てるか? いくら美人でも男は願い下げだ」
 女も勘弁だとは口が裂けても言わないが、この身体で男とどうこうなるなんて想像もつかない。
 ぬらりひょんは、ふむっと一人勝手に思案した後、私の腕を取りグイッと胸に引き寄せた。
「ちょっ…離せよ!」
 身長40センチ以上の差があると、いとも簡単に力で捩じ伏せられる。
 ギューギュッと厚い胸板に顔を押付けられる形になり息苦しい。
「これが、男の匂いじゃ」
「そして……これが女の匂い。お前からは、女の匂いしかしねぇ」
 首筋に鼻が触れ、ビクッと身体をビクつかせる。その後に続いたぬらりひょんの言葉は、私の理解の範疇を超えており呆気に取られた。
「は?」
 何度もトイレに行って嫌と云うほど男と確認している。男の象徴もきちんと付いている。何言ってんだこのジジイは。
「その身体、半陰陽じゃろう」
「半陰陽?」
 聞きなれない言葉に首を傾げると、ぬらりひょんはクツリと笑みを浮かべて言った。
「女でもあり男でもある稀なる存在の事じゃ。ま、ワシにしたら男じゃろうが女じゃろうがどうでも良い。お前を気に入った。だから欲しい」
 ダメだ。全然、頭がついていかない。チンプンカンプンだ。それ以前に、私的ぬらりひょん像がガラガラと崩れていく。
 珱姫に一目惚れして羽衣狐を倒したあの男が、こんな誑し魔だとは思わなかった。
 フツフツと込上げる怒りをぬらりひょんは察することなく、自分のしたいように事を進めてくる。
「たった五年でここまで見惚れるとはな。あれにくれてやるのは惜しい」
 顎を掴み無理矢理顔を上げさせる。唇を指の腹でなぞったかと思うと、許可も無く唇を奪われる。
 薄らと形の良い唇が覆いかぶさり、ねっとりと舐められヒッと小さな悲鳴を上げる。
 何度も啄ばまれ息苦しく唇を開けば、舌を捩じ込まれる。
「んっ、ん…ぁ、んぅ…はふ…」
 ピチャピチャと卑猥な音が耳朶を打つ。飲み込みきれなかった唾液が口の端から零れ、喉を伝いシャツの襟に染みを作る。
 ドンドンとぬらりひょんの胸を叩くが、ビクともしない。
 悔しい気持ちからなのか、息苦しさからくる生理的なものなのか判断がつかないが、目尻からぼろりと大粒の涙が零れ落ちた。
「はぁっ……ふざけんなよ。気に入ったから欲しい? 舐めてんのか。俺が女だったとしても、絶対お前みたいな誑しに惚れない。絶対にだ! 一辺死んで出直して来い」
 成代り人生初のディープキスから解放され、ぬらりひょんの顔を思いっきり平手打ちをかましたあと、ノンブレスで捲し立てる。
 拒絶された経験がないのか、目を丸くして私を見下ろしているぬらりひょんがそこに居た。
「……クククッ、ワシの目には狂いは無かった。飽きぬ奴じゃな、佐久穂」
 ぬらりひょんと出会った時も、奴に名乗った覚えの無い真名。何故彼がそれを知っているんだ。
 警戒心を露にし睨む私に、ぬらりひょんはあっさりと種明かししてくれた。
「その髪紐、苔姫から貰ったものじゃろう? あやつがしていた物とそっくりだったからのぉ。聞いたらあっさり教えてくれたぞ。ただ、本田佐久穂という名前はどこを調べても出てこなかった。まさか、リクオの友人をしているとは思わなんだぞ。それも違う名前で、な」
 蠱惑的な笑みを浮かべるぬらりひょんに、私の本能が『あれは危険だ』と警告音を鳴らす。
「何…が、言いたい」
「リクオに言ってもよいのか? おぬしの秘密」
「秘密?」
「その器と中身の相違は、隠したくとも隠せぬよ。長年生きておるワシにはな。もっとも、その器の魂はもう居ないようじゃがのぉ」
 私の顔色が変わったのを見てぬらりひょんは細く笑む。
「リクオの友人をしている限り、ワシとの接点は増える。選択肢をやる。大人しくワシのものになるか、否か」
「……否だと言えば?」
「そうじゃのぉ。どうされたい?」
 クツクツと笑みを零すぬらりひょんに、私に選択肢は無く『是』と答えるほかなかった。
「分かった。あんたの物になる。でも、俺はあんたに心まで許さない。好きな奴が出来たら、速攻乗り換えて捨ててやる」
「精々頑張るんじゃな。そう言えるのも今のうちじゃ」
 余裕綽々のぬらりひょんを睨みつけた後、私はリクオ達が待っている広間に戻ると彼を置いて部屋出た。
 ぬらりひょんが何を思って私を手元に置きたがったのか、その事実を知るまで彼を誤解し続けるとはつゆにも思わなかった。

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