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奥様は14歳.5 [ 57/145 ]


 約束の一週間目に、私の手の中には欲しかった簪と煙管が一本。
 訳も分からず手の中にある物と店主の顔を交互に見ると、彼はいい笑顔で言った。
「あんたのお陰で商売がいつも以上に繁盛した。簪だけじゃあ足りねぇからなぁ。煙管も持っていけ」
 手にした煙管は、密かにぬらりひょんに似合いそうだと思ってみていたものだ。
「で、でも……これ高いですよ」
 流石に貰うのは気が引けるので返そうとしたが、店主は頑として受け取らなかった。
「そいつぁ、おめぇさんのもんだ。また、店の物で欲しいもんがあったら良いな。そん時は、扱き使ってやらぁ」
 ニヤッと笑いとんでもないことを宣う店主に顔を引きつらせる。彼の中で、御代を払わせるより店の手伝いをさせた方が何倍も利益が上がると踏んだらしい。
 うーん、嬉しいやら哀しいやら複雑な気持ちでお礼を言うと彼はニカッと笑った。
「えっと、その時はよろしくお願いします」
 簪と煙管を懐に仕舞い根城にしている宿に戻ろうとしたら、秀元と出会った。
「あれ佐久穂ちゃん、もう帰んの?」
 いつもなら、日が落ちる前に帰るのだが今日はそれよりも早く帰ろうとしている私を見て秀元は首を傾げた。
「ええ、今日でお手伝いは終わりなんです」
「じゃあ、もう会えへんの?」
 しょんぼりと肩を落とす秀元に、私は苦笑する。私より一回りも生きているのに、何だか子供みたいだ。
「そんなことないですよ。暫くは、京都に居ますし」
「京都の子やないと思ってたけど、そっかー……。暫くってどのくらいなん?」
「うーん、家の用事が済むまでですかね」
 ぬらりひょんが魑魅魍魎の主になるまでとは言えず、適当に言葉を濁していると秀元がポンッと手を叩き言った。
「そんなら、佐久穂ちゃんにお願いがあんねんけど」
「何でしょう?」
「うちでお手伝いせーへん。給金弾むで〜。大丈夫怖いことあらへん。ちゃんとお迎えも寄こすし」
 秀元の言葉は、既に決定事項になっていて嫌という間もなく予定を入れられてしまった。
 秀元に送られ宿に戻ると、起き出していたぬらりひょんに捕まりお説教を食らったのだった。


 雪麗のために買った簪は既に彼女の手元にあるのだが、労働の対価として貰った煙管は未だ私の手の中にある。
 何故かと言うと、渡すタイミングがないからだ。渡そうと思うのだが、ぬらりひょんの傍に誰かしら居るので渡せずじまいである。
 昼間から夕方に掛けて、私は秀元のお手伝いをしている。と言っても、お姫様の話し相手だったり、食事を作ったりするだけで難しいことはなかった。
 夕方には皆起きてくるのでそれまでに帰る約束をしていたのだが、今日に限ってそれが守られることはなかった。
「……佐久穂さんともっとお話したいです」
 うるうると目に涙を溜めて別れを惜しむ珱姫に抗えず少しだけと言って既に一刻が過ぎていた。
「珱姫……そう言って頂けるのは本当に嬉しいのですが、そろそろ戻らねば家族に心配されるのです」
「ご家族の方には、使いを送ります。もう少し居ては頂けませんか?」
 流石に島原へ使いを送られるのは困る。いや、それ以前に仕事をしていることがばれたら大目玉を食らう。
「また、明日伺いますから」
「珱は……」
 ウウッと泣き始めた珱姫にどうしようと思っていたら、パタパタと渡殿から足音が聞こえる。
「佐久穂、そこにいるな?」
「はい、是光様。如何なさいましたか?」
 御簾越しに声を掛けられ返事を返すと、
「秀元から手紙を預かっている」
と言われ渡された。中を開くと、洒脱な口調で書かれた何とも脱力感を与える手紙だった。
「えっと何々……今日は珱姫んところに泊まってきー。あっちには、式送っといたから大丈夫……一体どこが大丈夫なの」
 思わず漏れた言葉が多少乱暴になっても仕方がない。ぬらりひょんが乗り込んで来ないと良いななどと希望的未来予想をしつつ、私は腹を括り珱姫に向き直る。
「秀元様が、家族に連絡をしてくれていたみたいです。ご迷惑でなければ、泊めて頂けませんか?」
「喜んで。嬉しいです」
 パァッと明るくなる珱姫と対象に、私は憂鬱でいっぱいだった。

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