小説 | ナノ

act9 [ 10/199 ]


 私の日課とも言える早朝の散歩。手には、例の報酬である酒と肴が入った袋が握られている。
 流石に妖怪が活動するには向いていない時間なのか、比較的襲われることがないので安心して散歩に出られる。
 私の家から苔姫の神社を回り公園を通って帰るという何ともシンプルかつワンパターンな散歩道で行き倒れてる男を発見した。
 先日に続き厄日なんだろうか。そのまま素通りすることも出来るが、もし放置して彼が死んだら新聞紙の一面を飾るに違いない。
「……おーい、そんなところで寝たら風邪引くぞ」
 春とは言え、まだ朝夕は冷える。今の若者には珍しい着流しに引っかかりを覚えたものの、放置するわけにはいかないので軽く彼の身体を揺する。
「んんっ……」
 バチッと目を開けたかと思うと、急に起き上がった。慌てて彼の身体を支え何とか地面と逆戻りは免れる。
「阿呆っ、急に起きたら倒れるだろうが!」
 貧血か、気分が悪くなって倒れたのだと推測できる。急に起き上がれば、脳貧血を起す可能性が高い。
 成代る前は、よく生理中に貧血を起してはバタバタと倒れていたものだから、その辛さはよく分かる。
 彼の身体を支えるように手を添えると、苦笑いを浮かべながら礼を言ってきた。
「済まねーな。助かった」
「どう致しまして。……まだ、顔色が良くないな。あのベンチまで動けるか?」
 距離にして数十メートル先にあるベンチを指差すと、彼は小さく頷いた。肩を貸してやりながらヨロヨロと千鳥足でベンチまで運ぶ。
 身長158センチの自分に170強はある男を運ぶのは結構な重労働だった。
「飲み物買って来る。寝てろ」
 彼を寝かせた後、近くにある自販機まで走り温かいお茶を購入して戻る。思った以上に身体が冷えていて驚いた。
「お茶飲めるか?」
「ああ、悪いな」
 彼の身体を起し、口元にペットボトルをあててゆっくりとお茶を口に含ませる。
 お茶を1/3ほど飲んだ後、出会った時より顔色が良くなっていたのでホッと息を吐く。
「俺は、鴆ってんだ。ありがとうな。お陰でのたれ死ぬのを免れた」
「全然っ冗談に聞こえねーし」
「はっはは、言うねぇ。あんた、名前は何て言うんだ?」
 うっかり関わった人物が、奴良組関係だったとは本当に厄日だ。全力で逃げたい。冷や汗をダラダラ流す私に鴆はお構いなしに名前を聞いてくる。
「……本田佐久穂」
 清継と名乗れば、どこでリクオに筒抜けになるか分からないので成代る前の名前を答えていた。
「佐久穂か、良い名前だな」
「あんたの名前もな」
 苔姫以外に呼ばれるのは初めてで、何だか酷く懐かしく感じる。
「さっきよりマシな顔色だが、あんた身体弱いのにフラフラ出歩いてんじゃねーよ」
 血色が戻り始めたのか、青かった顔色も随分と良くなってきている。
「色々と大人にゃ用事があんだよ」
「そーかい。ま、無理しなさんな。俺は、もう行くがあんたはどうするんだ?」
「もう暫く、ここで休んでから帰る。つーか、女のくせに言葉遣い悪すぎだぞ」
 ぬらりひょんといい、鴆といい一体どこをどう見たら女に見えるんだ。確かに女顔だし年齢的に背は低いし体重も軽いと思うが、間違うほどではないと思う。
 馬頭丸くらいのキュートさなら、女と間違えても仕方が無いと思うけど。器が清継だぞ? おかしいと思うのは私だけだろうか。
「俺は、男だ! じゃあな、軟弱鳥めっ」
 鴆の言葉に私はベシッと彼の頭を叩き、二度と会わないだろうと思いつつ手を振って分かれた。


 思わぬ場所で時間を食ってしまい私は、いつもより遅い時間に苔姫のところへ顔を出すと金で出来た盃が飛んできた。
 反射的にそれを避けると、盃はガシャンと壁にぶつかりコロコロと無残にも床に転がる。
「遅い! ワラワを待たせるとは何様のつもりじゃ!!」
 甚くご立腹な苔姫に、私は痛む頭を抱えながら彼女を軽く睨む。
「人……助けしてたんです。仮にも女性が物を投げないで下さい」
「嘘吐け。大方、妖怪と人の区別が付かずに助けてたんじゃろう。この虚け者!」
 苦節四年、付き合いがあればお互いのことは多少なりと分かってくるもので、苔姫の言ってることはほぼ当っているせいか反論出来ない。
「しかも、ワラワの涙で作った真珠の数珠もつけておらんとは怪しからん」
「私より、その数珠が必要だと思ったから貸したんです」
「佐久穂は、他人を優先しすぎじゃ! もっと自分を大切にせんかっ」
 朝っぱらからキーッとヒスを起す苔姫を宥めながら、彼女に持参した供物を手渡した。
「清塩ありがとう御座いました。そのお礼です」
「ムッ……受取るが、ワラワはそんなもので騙されぬからな」
 怒りが薄らと和らいでることに自覚がないのか、苔姫は献上された酒に顔を綻ばせている。
「俺、学校があるんでこれで失礼しますね」
 彼女の機嫌も直ったことだし帰ろうとしたら、苔姫に止められた。
「数珠を早く返して貰え。さもなくば、次に髪紐を壊した際は金と赤の豪華な奴にしてやろう。もちろん玉つきでな」
 クツクツと嫌な笑みを浮かべながら脅しに掛かる苔姫に、私は内心舌打ちを一つし「わかりました」と返し神社を出たのだった。

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