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二十弐夜 [ 97/218 ]


 日中にお見合いをするもんだと思っていたら、相手の方がどうしても外せない用事があるらしく、夕食会を兼ねてお見合いをする事になった。
 同席するのは、長兄の成親だけ。晴明に良く似た性格が災いして、絶対いらんことをするであろう危険人物だ。
 昌浩は、「敏次先輩なら佐久穂を安心して任せられるよ」などと早くも好意的に受止めている。
 嫌だ嫌だと喚いたところで、お見合いをすることには変わりはない。
 非常に逃げたいのに、逃げれない臆病ものな自分が嫌だった。
「佐久穂、本当に綺麗です。私としては、いつもお洒落して欲しいです」
 いつもは適当に括る程度の髪も美しく結い上げられ、いつの間に用意したのか京友禅の着物を問答無用で着せられる。
 ショーツの着用不可と断固言い張る天后に、佐久穂は押し負け慣れない感覚に涙した。
 薄く化粧を施され、いかにも良いところのご令嬢っといった感じだ。
「キツイ・苦しい・ダルイ・寝たい」
「見合いの場で言葉遣いを使ったらいけませんよ」
「……分かってるわよ」
 腐っても自分は、中流家庭のお嬢様なのだ。
 にも関わらず、けったいな家訓のせいで貧乏を味わっているのは何とも理不尽だと思う。
「佐久穂は、そうしていると曾祖母の沙耶様を思い出しますね」
 傾国姫と云われたほど美しく、求婚してきた神をも袖に振り好いた男の下へと嫁いだのだとか。
「……私は、美人じゃないよ」
 可奈やゆら達がダイヤの原石なら、自分は精々キャッツアイ程度だろう。
 身内の欲目とは恐ろしいな、などと再認識させられた佐久穂は大きな溜息を漏らした。
「支度は出来たか?」
「うん、出来たよ。……って、ギャアア!」
 慣れない着物での歩行は結構難しく、部屋から出ようとしたところで躓いて転びそうになった。
 転ぶ寸前のところで、成親に受止められ顔面からのスライディングは免れる。
「相っ変わらず女らしくない悲鳴だな、おい」
「うっさい! 本番は、そんなマヌケなことしないわよ」
 威勢の良いことを言いながらもヨタヨタとあるく妹を見ていた成親は、クツクツと喉の奥で笑いを噛み殺していた。
「まあ、頑張れ」
 嬉しくもない声援に、佐久穂は眉間に皺を寄せ外に待たせているであろうタクシーの元へと歩いていった。


 浮世絵町グランドホテル内にある京料理屋―膳―の奥座敷に、佐久穂は物凄く退屈な顔を隠しもせず座っていた。
 お日柄もよく〜云たらかんたらと仲人が、ペラペラと喋り始めて早三十分。その大半は、自分の仲人してきた自慢話だ。
 これには、成親も呆れ返っている。
「……(あんたの自慢話)お話はそれくらいで、当人同士に任せてみませんか?」
 やんわりと仲人の言葉を遮り、本来のお見合いスタイルに持っていこうとする成親に、彼女は頬を赤らめて賛成した。
「そうですわね。わたくし達が、居ては纏まるものも纏まりませんわよね」
 オホホホッと気持ち悪い笑みを浮かべ、成親の腕を掴み退出していった。
 二十八歳のイケメンが、既に六歳と五歳の息子に加え二歳の娘を持っている父親だとは思いもしないだろう。
 部屋を出る際に、ニヤッと嫌な笑みを浮かべた成親が憎らしい。
「……」
「……」
 強制的に二人きりにされてしまったせいで、何を話せば良いのか全く分からない。
 断る気でいる佐久穂は、敏次に声を掛けた。
「……行っちゃいましたね」
「そうですね。でも……僕は、貴女とお話が出来て嬉しいです。安部君から色々と聞いていたが、やはり実際に会ってみて分かったことがあります」
 頬を少し染めてはにかむ敏次に、佐久穂は複雑な思いを抱えながら愛想笑いを突き通した。
「(ひろ兄めっ、何を話してんだ!)そ、そうですか」
「貴女を藤原家に取込むことで阿部家との繋がりをより強固なものにしたい。僕の父は、そう考えていた。そんな野望に巻き込まれるのはゴメンだと思っていたから、見合いを断るつもりで来たんです」
「え? そうなんですか!?」
 何たる幸運! 相手が断ってくれるなら手間が省けると悦んだのも束の間。敏次は、佐久穂の手を握り言った。
「でも、貴女を人目見てその考えは脆くも崩れ去りました。貴女となら、温かい家庭が築く事ができるはず! 僕と結婚して下さい」
「……」
 見合いの場でプロポーズを受けてしまった。
 唖然と言葉を無くす佐久穂を敏次は、良い様に解釈したのか『了承』と受取っている。
「結納は、いつしましょうか? 晴明殿に吉日を選んで貰って……」
 ドンドン進んでいく話に、佐久穂はストップを掛けた。
「私は、貴方と結婚する気なんて爪の垢ほども無いの! 無言を勝手に“了承した”と取らないくれる」
「な、なら…お互いを知るために交際から……」
 尚も食い下がる敏次に、佐久穂の米神に青筋が浮かぶ。結婚を断られてる時点で身を引けよ、と思ったがハッキリと言葉にしないと伝わらない相手らしい。
 敏次に大ダメージを与え且つ完膚なきまでに打ちのめす言葉は無いだろうかと頭をフル回転させて考えていたら、グイッと腰を引き寄せられ後へ倒れてしまう。
「キャアァッ!?」
 ポスンッと腕に抱きこまれ嗅ぎなれた臭いに、佐久穂の顔からは血の気が失せた。
「なに人の女に手ぇ出してんだい」
 一体いつ部屋に入ってきたのか、夜のリクオが佐久穂を抱きしめながら敏次を威嚇している。それも祢々切丸を突きつけて。
「な、何者だ君はっ!! 人に刃物を向けて危ないじゃないか。彼女を放したまえ」
 霊感ゼロなのか、それとも人の機微に疎いのか、リクオのどす黒いオーラに気付かず言いたいことを言う敏次は、清継にそっくりだ。
「自分の女を手放す馬鹿がどこにいるってんだい。なあ、佐久穂……」
 スッと目を細めて佐久穂を見るその姿は、憂いを帯びている。しかし、それは形だけであり彼の目には怒気がハッキリと見て取れた。
 下手な事を言えば、状況は悪化しそうで怖い。
「……敏次さん、ごめんなさい。貴方との結婚は考えられません」
「何故だい? その男が、脅しているからだな! 何て卑劣なっ」
 敏次の言っていることが半分当たっているだけに、佐久穂は乾いた笑みしか浮かばなかった。
「随分と失礼な奴だな。死ぬかい?」
 殺気が増したリクオに、佐久穂は止めなさいよと腕を叩く。
「リクオ……」
 彼の名を呼び、彼の掛衿を掴み自分の方へ引き寄せる。背伸びしてリクオの薄く形の整った唇に自分の唇を重ね合わせた。
 ただ押付けるそれに、彼の方も驚いたのか目を丸くしている。
 佐久穂は、パッとリクオから離れ敏次の方へと向き直る。
「彼に脅されてなんかないわ。失礼なこと言わないで。私の夫になる男は、私が決める。他人に決められるなんて真っ平ごめんよ」
「そこの彼と結婚する気なのか?」
 信じられないといった風に見る敏次に、佐久穂の唇が弧を描く。
「彼次第……っていったところかしら。今のままなら、他の女に熨しつけてくれてやるつもりよ」
「おい、どういう意味だよ」
 佐久穂の答えが気に入らなかったのか、眉間に皺を作り睨んでくるリクオを軽くいなす。
「精進しろってことよ。――という事なので敏次さん、用事は済んだので帰らせて貰いますね。仲人の人にもよろしくお伝え下さい」
 佐久穂は、リクオの腕を取り颯爽と部屋から立ち去った。

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