小説 | ナノ

二十夜 [ 96/218 ]


 邪魅騒動も幕を下ろし、平穏な日常に戻ったかと思いきや、世の中そう上手くは行かなかった。
 無報酬(名産物の蟹は貰ったけど)での帰宅に、出迎えたのは無表情で有名な六合だった。
「……晴明が呼んでいる」
 腕を組み仁王立ちで佐久穂を見下ろしそう告げた彼の顔は、まさしく般若だった。
 彼が、何に対してそんなに怒っているのか佐久穂には全然予想がつかなかった。
 自室に荷物を置き、その足で晴明の元へと訪れる。
 襖の前で正座して、入室の許可を伺った。
「じい様、佐久穂です。ただいま戻りました。入っても宜しいですか?」
「構わぬぞ」
 スッと襖を開け中へ入ると、上座に座る晴明は口元を扇子で覆っていた。
 その目は、何か企んでいるようなそんな目をしている。
「佐久穂よ」
「……何ですか?」
「奴良組の若頭と契ったって本当か?」
「ブフッーーーーッ!!! ゲホゲホッ、な…な…」
 予測もしなかった晴明の爆弾発言に、佐久穂は噴出し咽た。
 口をパクパクと開閉させる彼女を見て、晴明はクツクツと低い声で笑みを零す。
「奴良組の総大将から正式に許婚の申し出があった。身体に消えぬ傷を負わせた挙句、嫁入り前の娘に手を付けたとなっては責任を取りたいと言ってきてな。どうする佐久穂」
 どうするって、どうするんだ自分!! ライフカードを広げて決めれるなら、決めたい。
「……どうする、とは?」
「受けるのか、受けないのかじゃ」
「……そりゃあ、リクオのことは好いてますけど。早すぎじゃないですか?」
 お付き合いがスタートし始めたばかりで、婚約ってどれだけ気が早いんだろう。
 それに、まだ相手は十三歳だ。女は十六歳で結婚できるが、男は十八歳にならないと結婚できない。
 未成年の結婚は、保護者の承諾が必要になってくる。
「そうかのぉ。まあ、奴良家を断ったとしても花開院や藤原家、高淤神や天照大神からも縁談が持ちかけられておる。まだ子供だからと断ってはおったが、断る理由も尽きてきた。お前の誕生日も近いしのぉ。って事で、今週末は浮世絵グランドホテルで藤原敏次殿と見合いじゃからな! 逃げるでないぞ」
 パチンッと扇を閉じ高らかに宣言した晴明に、
「嫌ですっ!! 冗談じゃありません!」
 佐久穂は食って掛かるが、相手は何十年も生きている人生の先輩であり、性根は意地の悪い古だぬきだ。
「伴侶選びも大切なんじゃぞ。会って気に入らんかったら、その場で断れば良いだけの事じゃろう」
「高淤神や天照大神も、会いに行って断れと?」
「理由もなしに断りに行ったら、末代まで祟られるな」
 シレッとした顔で恐ろしい事を口にする晴明に、佐久穂は己に降りかかった災難に涙を流した。
「……世の中には、もっと美人で器量良しの女性がいるのに、何で私なのよぉぉぉおおお!!」
 絶叫と言っても過言ではないくらいに不満を口にする佐久穂を、晴明はただ面白そうに眺めていた。


 勝手にセッティングされたお見合い話をどう断ろうかと佐久穂を悩ませていた。
 中学と高校では、生活のサイクルが異なるため二人で会う時間もあまりない。
 お見合いの席でリクオを同席させて断る事も考えたが、昼のリクオでは相手は納得しないだろう。
「……はぁ」
 ギコギコとブランコを漕いでいたら、学校帰りの可奈に声を掛けられた。
「……安部さん?」
 顔を上げると心配そうに佐久穂の顔を覗き込む可奈がいる。
「悩み事ですか?」
 嫌われてると思っていた彼女からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなくて、私は苦笑混じりに見合いの話をした。
 今の自分は、誰かに話を聞いて貰いたかったのかもしれない。
「―――と言う訳なの。断る理由を考えてたんだけど、良いのが浮かばないのよね」
「オーソドックスに“好きな人がいる”ではダメなんですか?」
 それで断ることが出来れば苦労しない。特に神様関係は、一筋縄ではいかないのだ。
「そんなこと言ったら“連れて来い”って言われるわ。一筋縄ではいかない相手なのよ」
 品定めされて格下と判断したら、相手は絶対納得しない上にしつこくモーションを掛けてくるに違いない。
「じゃあ、恋人の振りをして貰って断るとかは?」
「……ちょっと難しいかな」
 宛がなくはないが、真っ先に怒りそうな人物の顔が頭に浮かび、その案は速攻で却下した。
「……役に立たなくてすみません」
 ションボリと肩を落とす可奈に、佐久穂は手をヒラヒラと振り弱弱しい笑みを浮かべる。
「そんな事ないよ。聞いて貰っただけでも気が楽になったから。……なるようになるんじゃないかな? 家まで送るよ。外、大分暗くなってきたしね」
「一人で帰れますよ」
「だーめっ! 私は、護身術習ってるから夜道も全然平気だけど。貴女は違うでしょう。年上の言うことは素直に聞くものよ」
 佐久穂は、可奈の手を取りスタスタと歩き始める。
 一人で帰ると言い募る可奈だったが、聞き入れる気がないのが分かると諦めて家までの道を案内した。
 可奈を家に送り届けた佐久穂は、重い溜息をつきながら家へと帰ったのだった。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -