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十七夜 [ 93/218 ]


 品子の部屋を囲うように東西南北に貼られた御札。彼女が不安がるのは勿論のこと。
 何故なら、その札は彼女を殺すものなのだから。まあ、そんな事にはならないだろうが。
 夜が深ける。清継と島は、品子の部屋の前を警護している。
 女子は昨日と同じ部屋での就寝となった。可奈も早く寝てくれれば良いものを起きてるため動けない。
 ブツブツ呟いていた可奈が身体を起し障子を見て息を呑んだ。
「……待って!!」
 その声に、視線を障子に向けると夜のリクオの影があった。あの馬鹿は、何をしてるんだか。
 手刀で気絶させようかと考えていたら、氷麗(つらら)が呪いの吹雪―雪山殺し―で、可奈を強制的に眠らせた。
「ふう、これで大丈夫です。佐久穂姫様、若をお願いしますね」
「了解」
 佐久穂は、氷麗(つらら)にパチンとウインクを一つし静かに襖を開け外に出た。
 品子の部屋に行くと、リクオと邪魅がやり合う手前だった。
「はい、そこまで! 邪魅騒動のからくり、知りたくない?」
 ニンマリと笑みを浮かべ、邪魅と品子にそう言うとリクオが話を続けた。
「詳しくは道々話してやるからついてきな」
 そう言うと、クルリと背中を向け駆け出した。目的は、あの秀島神社だ。
 拝殿の中で話し声を聞いていた品子が、怒りを露に戸を開いた。
 戸が開いたことに気付いた連中は、彼女を見て言った。
「あ、お前は品子!! どうして…出られたんだ?」
「……神主さん、何でこの人たちと一緒にいるの?」
 品子は、神主を睨みつけながら今までの疑問をぶつけた。
「誤解だよ、品子ちゃん。ダメじゃないか…ちゃんと結界の中に入っておかなきゃ」
「……そうよね。入っておかなきゃ、殺せないんだもんね」
 品子を庇うように入ってきた佐久穂が、嘲るように言う。
「そこの地上げ屋と手を組み、式を操り住んでいた人を追い払ったり、殺したりした。20年前もあの札で殺したんでしょう」
「……知ってしまったか。ならば痛い目をみて言う事を聞いてもらうほかないねぇ」
 力ずくで品子を押さえつけようとした神主に、佐久穂が嘲笑する。
「外道どもが邪魅払いとは笑わせる……。てめぇらの言う事を聞かないやつには式を飛ばし、やれ邪魅がついたと触れ回る。“邪魅に呪われた”“邪魅を払え”と人々を惑わせる」
「誰だ?」
「どっから声がしてんだ?」
 天井から聞こえてくるのに、奴等はちっともそれに気付かない。
「なんてこたぁねぇ。邪魅騒動は、自作自演の猿芝居。まさに“悪氣なるべし”だ」
「誰だ――どこに嫌がる!?」
「さっさと出てきやがれ!」
 威勢の良さだけは褒めてやるが、あのリクオ相手に命知らずな奴らだ。
 佐久穂をナンパしてきた馬鹿の喉元に祢々切丸を当てている。
 人を切ることが出来ない刀だが、脅しには丁度良い。
「聞かれてしまったぞ。殺せ! 殺してしまえ!!」
 声を上げて襲い掛かるヤクザ達に、リクオは顔色を一つも変えず大黒柱を切り倒した。
 崩れ落ちる建物に逃げ惑うヤクザ達に、雑鬼たちが口々に言った。
「え〜〜〜い頭が高い! このお方をどなたと心得る。妖怪任侠奴良組の若頭なるぞ」
「先の四国戦でも大将代理を務め、今や妖怪界のプライテストホープと呼ばれ、人間が適うわけなかろう!」
 どこの時代劇だと思わなくも無い表現に、佐久穂はプッと笑ってしまう。
「分かったから、おめぇら下がれ」
 リクオは、クツクツと肩を震わせて笑う佐久穂を軽く睨んでいる。
 妖怪の出現に畏れをなしたヤクザ達は、蜘蛛の子を散らすように拝殿逃げ出した。
「こらぁ、お前らしっかりせんか!! お…おのれぇ……よくも…。妖怪だと……だったら、花開院流陰陽術式神を受けてみろやー!!」
 放たれた式神は、本来この地に住まう邪魅が切り伏せる。
「げぇ!? もう一匹いたのか」
 顔を歪ませ恐怖に慄く神主に、ツカツカとリクオが近づいた。
「神主さんよ。こいつが、この町に現れる本当の邪魅だよ」
「はぇ? ちょ…ちょっと、待ってくれ」
 必死に懇願する神主を他所に、リクオは並々の酒が入った大きな盃を手にし言った。
「アンタの妖怪騙りのせいで不正に扱われたこいつの礼だ。……受けとんな。明鏡止水――」
「ダメよ」
 技を放とうとするリクオの前に、佐久穂が悠然と立ちふさがる。
「何の冗談だ」
「ダメだって言ってんの! 拝殿をぶっ壊しただけでも罰あたりなのに、その上燃やすなんて持っての他よ」
「自業自得だろうがっ!! こんな奴を庇うのか?」
 後で怯える神主を指差して怒気を露にするリクオに、佐久穂はまさかと冷笑した。
「そんな事するわけないでしょう。リクオ、貴方の怒りは分かる。そこの彼のもね。でも、これは人が犯した過ちよ。その手で奴を下したいのは分かるけど、貴方がしてはいけない」
「何でだよ!」
「妖怪が人や神に害を及ぼせば、私も動かざるえないからよっ!! ……だからお願い。こいつの件は、私に任せて」
 うっすらと目に涙を溜めた佐久穂を見て、リクオは舌打ちを一つしドカリと床に腰を下ろした。
 どうやら、神主の件は佐久穂に一任する事を認めたようだ。
「邪魅もごめんね」
「……任せる」
 彼も納得してくれたようで、佐久穂は神主の方へと振り返る。
「今回の邪魅騒動は、花開院本家の当主にリアルタイムで報告させて頂きました。まあ、法の裁きは免れてもこの生業で生きていけるとは思わないで下さいね。次に陰陽道を汚すような事があれば、あなた死ぬかもしれませんよ」
「小娘にそんな事ができるものか!!」
「安部の末姫からの式は、いくら花開院当主でも拒めませんよ。まあ、まずは本家の方が、菓子折り持って品子さんだけでなく、これまでこの屑野郎に騙された方々のところへ行って土下座して下さい。これまでに掛かった祈祷代諸々の代金の弁償もお忘れなく。この屑野郎は、私の式が見張っておきますのでお早めにお願いしますね。気が短い子なので、翌日冷たくなってた……なんて事になったら楽しいでしょうけど。白狼お願いね」
 一体の式を召還し、神主をグルグルと威嚇している。
「……殺さない程度に遊んでも良いわ。本家の奴等が来たら戻っておいで」
「アオォォン」
 一声鳴いて了解の意を示した式に、佐久穂は用は済んだとばかりに外へ出る。
 リクオも邪魅もそれに続き、手水舎の前で品子が足を止めて言った。
「邪魅…どうして守ってくれたの? 私達一族を憎んでいたんじゃないの?」
 品子の疑問はもっともで、それと同時に邪魅の気持ちを考えれば分かっただろうにと佐久穂は胸が切なくなった。
「……貴女が、定盛の子孫だからよ。主君に尽くす思いが、貴女達一族を守っていた。そうでしょう?」
「……誤解しててごめんなさい。お陰で助かったわ。ありがとう」
 品子が邪魅にお礼を言うと、邪魅の雰囲気が変わった。顔は札が貼られてて表情が分からないが、品子からの礼に夜魯湖でいるのは分かる。
 一件落着かと思ったら、リクオの目がギラリと光った。
「……見上げた忠誠心だな」
「――どこの者かは知らぬが、このご恩は――」
「俺は、奴良組若頭。奴良リクオだ」
 邪魅の言葉を遮り、名乗ったリクオに佐久穂はこの後に続くであろう言葉が瞬時に分かり、手で頭を押えた。
「は………」
「俺はいずれ魑魅魍魎の主となる。そのために自分の百鬼夜行を集めている。俺は、お前の妖怪が欲しい」
「魑魅魍魎の主……」
「邪魅、俺と盃交わさねーか」
 本名言っちゃったよ、この馬鹿! 心の中で罵りながら、妖怪スカウト(というよりナンパ)をしているリクオを見て溜息が出た。
「……盃交わすなら勝手にやってて。私らは、先に帰るから」
 やってられんとばかりに、品子の手を掴み屋敷へと戻っていった。
 今夜起きた出来事は、誰にも喋らない事を約束し本来貰うはずの報酬は受取らない事で合意した。

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