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十六夜 [ 92/218 ]


 翌日、佐久穂たちは秀島神社に来ていた。邪魅の事を知るなら、その神社に住む神主がよく知っているからと理由でだ。
 通された部屋で、この地に住む邪魅について語ってくれた。
「この地は、昔から邪魅騒動の話が多いんだ。」
「え? 昨日のおばけも何かお話があるんですか?」
 可奈の質問に、目を輝かせた清継がすかさず答える。
「家長くん、予習不足だよ。ねー、神主さん。あの伝説ですよね!」
「あ…うん、まあね…。昔、この街が秀島藩と呼ばれていた頃に、大名屋敷があってね。そこに纏わる忌まわしい伝説が……」
「ハイハイ! 地ならしにのまれた侍の話ですね!」
「……よく知ってるね」
 妖怪に会いたいと公言するだけあって、どんだけ妖怪の引き出しが多いんだろう。この男は。
「そこには、名はさだかではないが、若い忠実な侍がいた。勤勉でよく働き、何よりも君主の定盛を尊敬していた。やがて
定盛の目に留まり、彼もまたその侍を信頼し大層可愛がった。腕もたった侍は、瞬く間に出世し定盛の片腕と呼ばれるまでになった。しかし、それを良しと思わぬものがいた。定盛の妻である。何をするにも一緒に行動する定盛に嫉妬した」
「え…? 妻が、男の人に嫉妬したんですか?」
 可奈の素朴な疑問に、何故だと頭を捻る面々を見た佐久穂は、ハァと大きな溜息を吐いて説明した。
「定盛の妻は、定盛とその侍が恋仲だと思い嫉妬したんですね。現代で言うならボーイズラブ。昔の言葉では、衆道って言ったかな。キリスト教が入ってくる前は、今以上に男同士の恋愛はオープンと云いますしね」
「……詳しいね」
「そう? まあ、知っていてもなんの役にも立たないけどね」
 リクオにそう言われ、実際に日本の歴史を知る神将たちから聞いた使えない日本史の知識である。
「嫉妬した定盛の妻が、君主がいない隙にいわれのない罪を被せて侍を地下の牢屋へ閉じ込めた。そのときだった。海沿いに面したこの町を大津波が襲ったのは。後に“地ならし”と言われるほどの海水が押し寄せた。町のほとんどの人は、高い丘へと避難していた。しかし、地下に閉じ込められたままの侍は、そのまま命を落とした」
「溺死したと……」
「それから、この町では度々さまよう侍の霊が目撃されるようになる。水にまみれ、風にまみれ……やがて邪魅という妖怪が生まれた。邪魅は、恨みをかった人間を襲うといわれている。そして、彼女もまた恨みをかっている」
 神主の言葉に、佐久穂は品子の顔を見て納得した。
「秀島藩藩主の直系が、品子さんだから邪魅に狙われているんですね」
「そうだよ。この神社は、その霊魂を沈めるためにあるんだ」
「なるほど、だから邪魅落としの看板が立ってたんですね」
 尊敬の眼差しを送る清継を呆れた顔で見ていた佐久穂だったが、リクオが窓の外にある鳥居を見ているのに気付いた。
 自分の視力では、鳥居が見えるだけで何も変わったところはない。帰り際によく見る必要があるだろう。
「そんなこと言って、まったく効かないくせに!! もう沢山よ。鎮めるって言って……一向にいなくならないじゃない」
 ダンッとちゃぶ台を叩き癇癪を起した品子に、神主は宥めるように言った。
「力が及ばないことは、返す言葉がない。邪魅の恨みが強すぎると落とせない場合もある。憑き物落としが出来なかったものは、みんなこの町を去った。さもなくば“最悪”なことになるかもしれないのだから……」
 黙って聞いていれば、脅す言葉しかでないのか。救いようがない男だ。
 邪魅に纏わる話を聞いた後、佐久穂は断りを入れ別行動させて貰った。対面した時に感じた胡散臭さは、当たりのようだ。
 先ほどリクオが見ていた鳥居を念入りにチェックすると、品子の家で見た札と一緒の文字が鳥居に刻まれている。
 これは決定打だ。鞄から千代紙を取出し、人差し指の皮膚を噛み血が出るのを確認した後、言伝を書いた。
 血が乾くのを待ち、その千代紙で鶴を折り息を吹きかける。
 すると、紙で折られた鶴は生きているかのごとくパタパタと動き出した。
「花開院当主のところへお行き」
 そう言うと、ヒュンッと物凄いスピードを出して空を飛んでいった。
 それを見送った佐久穂は、リクオたちに合流すべく彼の携帯に電話を掛けた。
 数コールの後、電話に出たリクオに今どこにいるのかと聞いた。


 リクオと合流し、もう一度秀島神社へと来ていた。ヤクザに絡まれたことに対し腹を立てていた。
「あのヤクザ絶対おかしいよっ!! 何で品子さんを脅すわけ? ○○毛にみたいな頭してさー!」
「巻!!」
 ヒートアップする巻は、自分が放送禁止用語を喋っていることに気付いて欲しい。
「……あの人たちは、邪魅の噂が立って出て行った人たちの家を安く買い叩いているブローカーなのよ」
 品子の言葉に、巻はまくし立てるように言う。
「それだ! やっぱりアイツらが犯人じゃん」
「え? 犯人!?」
「そう! きっとアイツらが邪魅を操って欲しい土地や家を奪っているのよ」
「な、なるほど…」
「妖怪を使役して……。興味深いな」
 指をビシッと前に突き出し、胸を張って言い切る彼女に佐久穂は苦笑いを零す。
「それは、無理だと思いますよ」
「どうして!?」
「そういう事が出来る人間は限られてます。妖を式に下すのは有りですけど、それなりに力がないと逆に妖に食われてしまいますよ」
「……本当によく知ってますね」
「高校雑学王選手権で優勝した事ありますから」
 シレッと大嘘を吐きつつ、ニッコリと神主に向かって尋ねた。
「神主さん、何か方法はありませんか? 神主さんの伝でより強力な札を作って頂ける方を紹介して貰うとか……」
「僕からもお願いします! このままでは、品子さんが危ない!!」
 佐久穂とリクオの言葉に神主は、暫く沈黙した後に重い口を開いた。
「……仕方がありません。実は……20年前にも邪魅に取り殺された事件がありました。その時、京より取り寄せた奥の手があります」
 差し出されたのは四枚の札。その札を見た佐久穂の目がきつく釣りあがる。
「これは強力な護符。四枚を四神とし、部屋の四方に張り決して外には出ないこと。勿論、品子ちゃん以外は中に入らないこと。そして朝まで……絶対戸を開けてはなりませんよ……。本当に使いたくないのですが、品子ちゃんのためです」
 渡された四枚の札を持ち帰り、佐久穂たちは品子の屋敷へと戻っていった。

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