小説 | ナノ

十夜 [ 86/218 ]


 月が天辺に上る頃、襖をドンドンッと叩く音がした。
「親父!」
「何事じゃ息子よ」
 がらりと開いた襖から、烏天狗が顔を覗かせた。三羽烏の腕に抱かれているのは、傷付きぐったりとしている牛鬼の腹心たちだ。
「鴆殿はいるか? 牛鬼殿も…呼んでくれ!」
 辺りは騒然となり、駆けつけたリクオの言葉で組の連中から不安を募らせる声があった。
「ごめん……僕のせいだ。君は、僕の命に従っていただけなのに……こんな事になるなんて」
 騒ぎを駆けつけた佐久穂が見たのは、今にもバラバラなりそうな奴良組の姿だった。
「相手の策に嵌ってどうするの! 危険を承知で乗り込んだのも、怪我をしたのも本人の責任。例え命じたのが貴方でも、それを否定する事は許されない。何故なら、それを選択したのは他ならぬ彼ら自身なのだから」
 凛とした透き通る声が、奴良邸に響く。慌てふためく妖を尻目に、佐久穂はスッとリクオに近づ大丈夫だと笑みを浮かべて言った。
「彼らは、私が応急処置を行います。薬に精通している鴆殿がいらっしゃれば助かりましょう」
 怪我を負った二人を中へ寝かすように言いつけ、彼らの着ているものを剥ぎ取り傷の確認を行った。
 思っていた以上に傷は深く、特に馬頭丸の方が重症だ。
「鴆殿、今から言う薬を分量を間違えず調合して下さい。牛頭丸は、後で治療しても問題ありません。氷麗(つらら)ちゃん、手ぬぐいと水、それから消毒液を急いで準備して!!」
 以前リクオに行ったように、患部に手をあて気を送り込む。傷が深いせいか、なかななくっつかない。
 半刻掛けて傷をある程度塞ぐと、佐久穂は気を送るのを止めた。
「……後は、薬で何とかなる。動かなければの話だけどね」
 温泉以来会ってなかった変態妖怪を睨みつけながら、佐久穂は腰を上げリクオの部屋へと向かった。
 佐久穂が二人の治療を行っている最中にリクオが倒れたと、外が騒がしかった。
 彼の寝ている部屋の襖を開けると、心配そうにリクオを囲み覗き込んでいる氷麗(つらら)たちの姿があった。
「鴆殿の薬が利いたのかしら」
 ホッと安堵する氷麗(つらら)に、リクオの顔は暗いままで申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめん……心配かけたよね」
 口を開こうとしたとき、鴆が部屋に入ってきて氷麗(つらら)達を追い出した。
 佐久穂も追い出されるかと思ったが、何故か追い出されることなく部屋にいる。
「あいつらが居たら、本音も出せやしねぇ。リクオ、いつから寝てない?」
「……」
 無言になるリクオの代わりに、佐久穂が口を開いた。
「ここ数週間は寝てないでしょうね。昼は学校、夜はパトロール。背負うものが多すぎて重くて休まる時間も取れない。それでは、身体の方が参ってしまうわ」
 佐久穂の言葉に、リクオは泣きそうな顔で言った。
「僕は、ぬらりひょんの孫なんだ。これぐらいこなせないと、ダメなんじゃないかって思う。若頭の僕が、百鬼夜行を纏める。牛鬼とも約束したんだ。眼を瞑らずにやるって。僕がやらなきゃ……やらなきゃならないんだ」
 これは、相当重症だ。気負いすぎて気が急いている。当の本人は全くそれに気付いていない。
「リクオ、それはお前の本音じゃねぇ」
「本音だ!! 本気で思ってる。でも、今はまだ……下僕に信用されてないから! だから頑張るんだよ!」
 目元を腕で隠し声を上げて本音をぶちまけるリクオを、鴆は胸倉を掴んで引っ張り起した。
「アホか! それは、元々じーさんのもんだった奴等だろうが。おめぇに仁義感じねぇ奴はついてこねぇ。そんな奴は放っておけばいいんだよ! 俺は、お前についていく。盃を交わしたんだからな」
「リクオ君、君は君だけの百鬼夜行を作ればいい。その姿だろうと、夜の姿だろうと奴良リクオである事には変わりはないのだから。それにね、どちらの貴方でもついて行きたいと望んでいる下僕はこんなにいるのよ」
 襖を開けると、雪崩込むように妖怪たちが倒れてきた。青田坊や黒田坊に押し潰されるリクオを見て、佐久穂は目を細める。
 口々に七部三部の盃を交わしたいと願う彼らに、リクオはそれに応えた。
 盃を交わし終えたリクオの前に、佐久穂が座った。
「えっ!? 佐久穂さんもするの?」
「しないわよ。私は、私の用事を済ませるの。でも、その前に……リクオ君、夜の記憶はあって?」
「は、はい。……あります」
「そう……無いとばかり思っていたんだけど、遠慮はしないからね」
 佐久穂は、そう言うと手を振り上げリクオの頬をペチリと軽く叩いた。
「夜の君なら容赦なく張り飛ばしてるんだけど、やっぱ今の君には出来ないわ。記憶が無かった時のことだしセクハラの件は多少多めにみてあげる」
 ニッコリと微笑むと、彼は複雑な顔で佐久穂に謝った。
「夜の僕が迷惑掛けてすみませんでした」
「フフフッ…素直で宜しい。でもね、これだけは言っとく。今の君も夜の君も魂は同じなんだよ。君の本音はどこにあるのか、しっかり考えて……そして答えを出すんだ。――とまあ、講釈を垂れてみました。さて、ここからが本題です」
 姿勢を正し手を前につき、言葉遣いを改め、百鬼夜行への参加を願いでた。
「数多の妖達より依頼を受け、わたくしの祖父晴明が若頭になられましたリクオ様率いるは、奴良組百鬼夜行に助力せよと命を受け馳せ参じた次第に御座います。許可を頂けますか?」
「それは、お前の意思か?」
 久しぶりに聞いた低い声に、佐久穂は顔を上げリクオを睨みつけた。
「……出たなド助平妖怪め」
「おいおい、そりゃないだろう。リクオって呼べよ」
 腕を掴まれ引き寄せられたが、佐久穂はその手を振り払いリクオから距離を取った。
「命じられた、と言ったはずよ。でも、人も妖も守ろうとする奴良リクオだから力を貸そうと思った。だから、この依頼を受けたの」
「そうかい。それは、心強ぇや」
「あ、でも支払はきちんとしてね。私、ただ働きする気はないから」
 しっかりと報酬を請求した佐久穂に対し、リクオは声を立てて笑う。
「クククッ……ほんと、あんたって女は飽きねぇ」
「お褒めに預かり光栄です」
 ツンッとそっぽ向く佐久穂だったが、『敵襲・敵来襲!』の言葉に表情を引き締めた。
 リクオも同じようで、スクッと立つと襖を勢いよく開きドスを杖代わりにして言い放った。
「兢々としてんじゃねぇ。あいては、ただの化け狸だろうが。……猩影、てめぇの親父の敵だ。化け狸の皮は、お前が剥げ」
 その一言が、若頭領リクオ率いる百鬼夜行が完成した。

*prevhome#next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -