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九夜 [ 85/218 ]


 外出禁止令が出て早一ヶ月。お仕置きと云う名の折檻(シゴキ)が安部邸内にて行われていた。
 平屋の母屋から離れた道場で、朝から晩まで神将相手に組み手をしていた。
 あっちこっちに痣を作る佐久穂に、漸くお許しが出たのは今朝の事だった。
 晴明の部屋に呼ばれ、畏まって座る佐久穂に一言。
「四国の妖怪共が暴れてるようじゃ。ぬらりひょんもここには居ないようだし……ちょっと、奴良組へ行って加勢してこい」
「……」
 いつもの如くお使いを言いつけるような物言いに、佐久穂は余りの事の大きさに言葉も出ない。
「分かったなら返事せんか」
 口元を覆っていた扇子をパチンと閉じ佐久穂を見据える晴明に、謹慎が解けた理由を漸く理解した。
「じい様、巷で暴れる妖怪の退治の依頼が来てるんですね?」
「……まあ、そうとも言うな」
「ギャラは出ますよね!」
「ノーギャラだぞ。奴良組の若頭領にせびるか、ぬらりひょんにせびるかせい。わしゃ、知らん」
 わなわなと肩を震わせる佐久穂に、晴明が思い出したかのように言った。
「この件を上手く片付けたら、高校卒業までの学費は出してやるぞ」
 佐久穂は、晴明の手をガシッと掴み喜色満面の笑みを浮かべて二つ返事で了承した。
 嬉々として部屋を出て行く佐久穂の後姿を見た晴明は、大きな溜息を一つ吐いた。
「……どうして、こうも金に五月蝿い孫になったんじゃろう」
 傍で控えていた神将の考えが満場一致で「自活させているから」だとは誰も口にすることは無かった。


 清継から押付けられた呪いの人形ならぬ通信機から、ハイテンションな声で学校に来ないかと作成者自ら誘ってきた。
「生徒会長になったから来いって、私は高校生だぞー!!」
 母校に足を踏み入れる事となった佐久穂は、どこに行けば連中がいるだろうかと考えたところ、リクオと氷麗(つらら)がいるのだから気配を辿れば良いと思いついた。
 日中のリクオは人間化しており、気配を掴むのは難しい。逆に氷麗(つらら)は、妖怪なのでそれを頼りに校舎の中へと入った。
 浮世絵高校の制服を着ているだけで、呼び止められることはない。
 が、浮きまくっている自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。
「生徒会長になったくらいで呼び出すなっつーの」
 ブチブチと文句を垂れながら、氷麗(つらら)の気配を辿っていくと屋上についてしまった。
 ドアノブに手を掛け回してみるが、開く気配はない。鍵が掛かっているわけではなく、何かで封じられてるようだ。
 しかし、外にはハッキリと氷麗(つらら)の気配がするし、リクオらの声も聞こえる。
「……人を呼び出しといて締め出し」
 一歩下がり扉を背にし、大きく息を吐き前方にあるドアをまっすぐ蹴り飛ばした。
 バタンッと大きな音を立ててドアが開く。
「清十字清継君、人を呼び立てておいて締出しですか?」
 冷笑を浮かべドアを潜ると、そこに居たのは奴良組の面子だけだった。
「……清継君の生徒会長就任祝いをしてるわけではなさそうね」
 氷麗(つらら)の前に首なしとリクオが並んで正座している。人型を取っているが、青田坊と黒田坊、河童がいる。
「あなた達、何してるの?」
 佐久穂の素朴な疑問に答えたのは、氷麗(つらら)だった。
「私のお気に入りのマフラーを若と首なしが台無しにしちゃったんですぅ」
 シクシクと泣き出す彼女に、佐久穂はヨシヨシと頭を撫でた。
「何か理由(わけ)があって、汚しちゃったんでしょう? だったら、そんなに責めては可哀想よ。同じマフラーとはいかないけど、私のお古で良ければあげるから泣かないの」
「佐久穂姫様の貰えるんですか? やったー! 嬉しいです」
「……姫呼びは止めて、本当に後生だから」
 途端に明るくなった氷麗(つらら)に、佐久穂は漸く話が出来ると腰を下ろした。
「清継君に呼び出し食らって来たんだけど……。生徒会長就任祝いに出ないの?」
「良いんです! そんなの時間の無駄ですから」
 キッパリと言い切る氷麗(つらら)に、佐久穂はそれもそうかと頷いた。
「奴良組に若頭が立ったんだって?」
 ブーッと噴出すリクオを他所に、氷麗(つらら)はキャイキャイと声を上げてはしゃいでいる。
「佐久穂姫様もご存知だったんですね!!」
「うん、雑鬼が色々教えてくれるから」
「顔が広いんですね!」
「そうでもないけどね。最近立った若頭にじい様からの託を預かってるの。今夜、伺っても大丈夫?」
「もちろんですよ! ね、リクオ様?」
 急に話題を振られたリクオは、可哀想なくらい冷や汗をかいて慌てている。
 昼間の彼は、夜の自分のことなど知らないのだ。ここは、助け舟を出してやるか。
「本当は、奴良家の家長に伺いを立てるものなんだけどね。ご不在でしょう? 代わりにリクオ君さえ許可をくれれば、若頭に会いにいけるんだけど。ダメかな?」
「早い時間帯なら大丈夫です」
 自分がその張本人です、とは口が裂けても言えないリクオだった。
「じゃあ、後でお邪魔するわ。氷麗(つらら)、その時にマフラー持って来るからね」
 佐久穂は、くるりと背を向けると来た道を戻って行った。


 夜、早い時間にと言っておきながら奴良邸では緊急会議が行われていた。
 客間に通され待ちぼうけを佐久穂は、氷麗(つらら)に持ってきていたマフラーを広げていた。
「ふわぁ……可愛いです」
 マフラーは寒色系ばかりで、どれもこれも氷麗(つらら)の好みにあっていた。
「男の子っぽい色ばかりでごめんね」
「私、こういう色の方が好きです! 特にこれ、群青と白のマフラーが気に入りました」
「それね、私が編んだの。フェリシモっていう編み方でね。色を交互に重ねると可愛いでしょう」
「凄いです!! 佐久穂姫様は、器用なんですね」
 氷麗(つらら)の姫呼びには、もはや悟りを開けるんじゃないかと思うくらい諦めている。
「氷麗(つらら)ちゃんにも作れるから。リクオ君に編んであげたら?」
「わ、若様にですか?」
 そう言うと、頬を赤く染め恥ずかしがっている。
「でも、私よりも佐久穂姫様が編んで差し上げた方が喜ばれると思います」
 あんまり嬉しくない言葉に、思わず顔が強張った。どっちの事を言ってるんだ。夜の方なら、お断りだ。
「……機会があったらね」
 当たり障りのない答えにも、嬉しそうにする氷麗(つらら)を見て佐久穂は大きな溜息を飲み込んだ。
 あまりに違いすぎる昼と夜のリクオ。子供かと思いきや、急に大人びて人を振り回す。
 どちらも仲間思いの良い奴だとは思うのだが、求愛されたところで首を立てに振る気はない。
 化け猫横丁の一件でよ〜く身に滲みた。あの手のタイプに絆されたら、一生苦労すること間違いなし。
 夜のリクオが出るまで気長に待つか、と氷麗(つらら)の相手をしながら考えていた。

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