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八夜 [ 84/218 ]


 正式に奴良組の若頭に任命された翌朝、西から率いる百鬼夜行が直ぐそこまで来ていた。


 菓子を届けさせた雑鬼から、妙なことを聞いた。
「いきなり突風が吹いたかと思うと、外にいた三郎猫が倒れてたんだと。服が破けてかすり傷程度らしいが、寝込んでいるとか」
「容態は悪いの?」
「そこまでは知らん。が、見慣れん奴が来て暴れまわってるのは確かだぜ。風が吹いて八つ裂きにされた奴が仰山いるから……」
 この口調、この話の運び方……嫌な予感に佐久穂は逃げの姿勢を取ったが遅かった。
「頼む! 浮世絵町の平和を守ってくれ! 安部の末姫ぇぇええ」
 ガシッと掴まれた足には、大量の雑鬼共が縋りついている。中には、よじ登ってくる雑鬼もいた。
 雑鬼に囲まれ自分の部屋で圧死なんて、そんな恥ずかしい死に方は嫌だ。
「分かった! 分かったから、上ってくんなっ」
「そうか! やってくれるか!! 末姫頼んだぞ!!!」
 了承をした途端、さっさと帰っていく姿ほどムカツクものはない。
「……本来なら奴良組に頼むもんでしょうに」
 古くからの付き合いというのは、時に面倒事を背負い込んでくれる。
 初代当主からの付き合いとなれば、無下にも出来ない。
「暫くは、苔姫様んところに護符と呪具を納品して凌ぐしかないか」
 良太猫からの報酬だけでは、食費は賄えても学費までは到底賄えない。
 奴良組が取り仕切るシマの中にある土地神の一柱だ。神社も大きく沢山の氏子がいるので、佐久穂にとっては大口の客とも言える。
 しかし、大量納品が基本なのでギリギリまで追い詰められない限りは手を出したくない稼ぎ方の一つだった。
「非常に嫌だけど……仕事があるか伺いに行こう」
 重たい腰を上げ、禊を済まし巫女装束に着替えると鍔(つば)を手に取り安部邸を後にした。


 物騒な話を聞いた後、神社で待っていたのは変な地蔵に襲われていた苔姫がいた。
「いやあぁぁぁああ!」
 社の中から苔姫の悲鳴が上がるのを聞いた佐久穂は、鍔(つば)を手に怒号した。
「妖刀村正―水撃演舞―」
 社の戸を破壊する。中に居た苔姫を襲いかかる小さな地蔵が、彼女の着物を食べていた。
 涙を零し助けを求める苔姫を見た瞬間、佐久穂の霊力が一気に上がった。
「苔姫様から離れろ」
「何だお前は? お前もワシの餌食にしてやる!!」
 苔姫から標的を佐久穂に変えた袖モギ様は、佐久穂の服を食らい始めた。
「なかなか立派な着物じゃのぉ。美味い美味い。もっとくれ、もっとくれ」
 むしゃむしゃと食べる袖モギ様を恐れることもせず、佐久穂はジッと佇んでいた。
「ワシに呪い殺されたくなければソデを置いてけ―――」
「そんなに欲しければくれてやるわ。妖刀村正―風殺演舞―」
 妖刀村正を袖モギ様の頭上に振り下ろしなぎ払う。瀕死になった袖モギ様を見下ろし、留めを刺そうとしたところで待ったが掛かった。
「待て!」
 傘を深く被り僧侶の姿をした男が、近づいてきた。
「今、お前の相手をしている暇はない」
 見覚えのある顔に、険を含んだ眼で睨むと説明も惜しいとばかりに佐久穂を押し退けた。
 袖モギ様の前掛けを掴み怒号した。
「おい、答えろ! 呪いだ!! お前がくたばれば呪いは解ける。そうだな?」
「ああ、呪いは解けた。……だが、あの娘はもう死ぬぞ。ワシの呪いは、命を毟る。あの娘自身どれだけ持つかのぉ…。もう、明け方じゃ……間に合ったかの…」
 ヒヒヒィとひげた笑みを浮かべる袖モギ様を三羽烏で駆けつけてきたリクオによって切り伏せられた。
「若!」
「……黒行くぞ」
 厳しい表情を浮かべ三羽烏の背に乗るリクオに、佐久穂が声を掛けた。
「待ちなさい」
「今は、急いでんだ」
「それに乗るよりこっちの方が早い。場所は、どこ?」
「……浮世絵総合病院」
「分かった。秘術ー疾風―」
 扇の形を象ったネックレスを引き千切ると、小さかった扇が大きくなった。佐久穂の言霊と共に、風がリクオたちの身体を包み空高く舞い上げた。
 一瞬のうちに目的地である病院に移動したことに驚く面々を佐久穂は一喝する。
「する事があるんでしょうっ! 早く行きなさい」
 佐久穂は、彼らがバタバタと病院の中へ駆け込むのを見送るとくるりと身体を反転させ生い茂る木々の中へと姿を消した。
 そう彼女の目的は、ここに祭られている千羽という土地神に会うためだ。
 小さな祠の前で祈りを必死で捧げる老婆の隣に小さくなった千羽がいた。
 佐久穂の視線に気付いた千羽が、ふよふよと飛んでくる。
「何故ここにいるのです。貴方の助けを待っている人は沢山いるでしょう」
「千羽鶴を自分の祠に供えた人の祈りでしか病気を治せない。ましてや何年も人に詣でられなかったために小さくなってしまった。私の力では、呪いが消えたとしても彼女を助けることなど出来ないのだよ」
 諦めきった目をする千羽に、佐久穂は容赦しなかった。
「信仰がない? ふざけるな! あんたに鶴を折り続ける人の心が聞こえないの? あんたに救って欲しいと願っている人が沢山いるのよ。千の鶴を折り祈りを捧げるだけでも十分信仰されてるじゃないの。あんたが、それに耳を傾けなかっただけの話でしょう。祠がなければ神ではなくなるの? 違うでしょう。人々の心が、貴方を信仰すれば消えない。もっとちゃんと声を聞いて。――ほら、聞こえるでしょう――」
 千羽の身体が光はじめ、徐々にもとの大きさへと戻っていく。
「人は弱いけど強いのよ。背中を後押ししてくれるだけで良いの。彼女が願ってる。行ってあげて」
 千羽は、老婆の願いを叶えるべく病院へと入っていった。
 それを見送った佐久穂は、地面に腰を下ろし木に身体を預けた。
 降り止まぬ雨を肌で感じながら、何とか難を乗り切った事に溜息を漏らしたのだった。


 翌日、私は何故か病院のベッドに寝かされていた。
「……何で病院?」
 ぼんやりとした様子で辺りを見渡すと、清十字怪奇探偵団の面々が揃っている。
「あ、起きた! 鳥居だけでなく、安部さんまであの祠の前で倒れてからビックリしたよ」
「ケホケホッ……彼女は元気?」
「昨日はヤバかったんだけど、今日はピンピンしてるよ」
「そう……良かった」
 雨の中で疲れ果てて眠りこけた結果、風邪を引いてしまったようだ。
「君にも千羽鶴を作ってきたのだよ! 急な事だったからね。数は多くないが、気持ちがあれば大丈夫だろう」
 差し出された千羽鶴に、佐久穂はこれ以上なく綺麗な笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
「い、いや大した事じゃないよ。はははははっ」
 顔を赤らめる清継に佐久穂は首を傾げるが、重い頭で物事を考えても仕方が無いと判断する。
 にぎやかな病室に、柔和な声音が聞こえてきた。
「賑やかですね。お友達ですか?」
「天……と勾」
 神将の名前を呼ぶわけにはいかず字で呼ぶ。普段は、温厚な彼女が微苦笑を浮かべた。
「て、天……あのね。そのこれには……」
「佐久穂様、どれだけ心配したと思ってるんですか!! あっち、こっち探し回ったんですよ」
 ブワッと晴れ渡る冬空思わせる瞳は、大粒の涙でかすんでいた。
「ごめんなさい。すみません。申し訳ありませんでした!! お願いだから泣かないで!」
 彼女を泣かせたと知ったら、奴に――恋人である朱雀に――殺されかねない。
 勾陳に助けを求めるが、彼女も相当怒っているようで助け舟どころか留めを刺された。
「暫く外出禁止だ。学校にも行けると思うなよ」
 ドスの利いた声でハッキリ脅され、佐久穂の脳裏に『シゴキ』の三文字が頭を過ぎった。
 シゴキのトップバッターは、云うまでも無く勾陳に決まりだろう。
 呆然自失となった佐久穂を他所に、病室にいた彼らもまた固まっている。
「風邪を移すといけない。お前達は、早く帰るが良い」
 ドアを開け退出を促す勾陳に、誰が逆らえるだろうか。誰も逆らえないだろう。
 色々聞きたいのがありありと分かるが、彼らは静かに退出していった。
 その後、本当の意味で地獄を見る羽目になったのは云うまでもなかった。

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