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七夜 [ 83/218 ]


 今年のGWは、散々だった。折角楽しめるはずだった温泉は変態妖怪に襲撃され、一人勝手に怒り狂ったリクオと強制入浴させられる羽目になるし。
 二人で入浴していたところを、三羽烏にしっかりと見られており、あらぬ噂が浮世絵町内を駆け巡っていた。

 
 ここ最近、清十字怪奇探偵団にかま掛けていたせいか家業の方から皺寄せが来ていた。
 日中は学校、夕方から夜にかけて陰陽師として奔走する生活を送っていたせいか、リクオとパッタリ会うことがなくなっていた。
 学校から戻ったら、じい様に使いを頼まれる。今回は、報酬と交通費がきちんと出るとの事で二つ返事で受けたのが間違いだと気付いたのは、京都から戻ってきてからの事だった。
 七味屋本舗に頼んでいた七味を取りに行き、ある場所へ届けるのが仕事の内容だ。ご丁寧にしっかりと封をされた紹介状付き。
 七味は難なく手に入れたのだが、届け先が妖怪が経営する化け猫横丁にある『妖怪和風隠食事処 化猫屋』だ。
「……妖怪しか入れない場所に行けと」
 それは、死ねと言っているようなもので今頃水鏡であたふたしている自分を見て楽しんでいるであろう晴明に心の中で毒づいた。
 依頼を完了しなければ報酬はない。自分の生活がかかっているのだ。四の五の言ってられない。
 古びた戸を押し開け中へ入ると、蛇を纏わせた目つきの鋭い爺さんがジロリとこちらを睨んで言った。
「……人間はお断りだ。帰れ」
 他人の領域に入った途端、問答無用で襲い掛かる奴ではなかった事に佐久穂はホッと息を吐く。
「化猫組頭領の良太猫殿より依頼を受け品を届けに来た。先を通らせて貰いたい」
 紹介状を渡し彼の返答を待つと、仕方がないといわんばかりに先に続く道を指差し、一つ忠告をされた。
「人とばれれば妖怪の餌食になる。それでも良いなら行くがいい」
「ご親切にどうも」
 佐久穂は、それだけ言うと化け猫横丁へと足を踏み入れた。一瞬にして景色が変わる。
 旧鼠に乗っ取られていた時は、ギラギラしたネオン街だったが、良太猫に実権が戻ると飲み屋や賭博所がところ狭しと並んでいた。
「早く渡してさっさと帰ろう」
 目的の『妖怪和風隠食事処 化猫屋』の看板を見つけ、足を踏み入れたら水を打ったようにシーンッとなった。
「人間だ」
「人間の娘だ」
 所々で妖怪達が呟き、眼をギラギラさせてこちらを見ている。
 入り口の主が言っていたのは、この事かと改めて実感した。
 店員らしき人物を呼び止め声を掛ける。
「化猫組頭領の良太猫殿より依頼を受け品を届けに来た。良太猫殿はいらっしゃるか?」
「馬鹿お言いでないよ。良太猫様が、人間に依頼するなどありえない」
 自分の知っている妖(主に雑鬼共)は、遠慮という言葉を知らないのか、厄介事を持ち込んで来てくれる。
「……七味屋本舗の特注七味を安部佐久穂が届けに来た。京都に張られた慶長の封印が、あんたら阻んで立ち入る事が出来ないから祖父に依頼したのではないのか?」
 スッと眼を細め、ゆったりとした口調で告げれば、彼らの態度は一辺した。
「も、も、申し訳ありません佐久穂姫様!! ご無礼をお許し下さい」
 土下座しそうな勢いに、ここでもかと額に手をやり痛む頭を抱えた。
「名前を名乗らなかった私にも非がある。土下座しなくて良いから、良太猫殿を出して」
「申し訳ありません。良太猫様は、只今席をはずしておりまして。あ! 奴良組の若様もおいでになってらっしゃるから、そちらでお食事でも如何ですか。サービスさせて頂きますから!!」
 騒がれたくないのに、どうしてこうなるのか。断る前に掴まれた腕は、佐久穂の心情などお構いなしにズリズリと二階の奥座へと引き摺っていく。
「リクオ様、奥方様がいらっしゃいましたぜ」
 ガラリと開いた襖の先には、椅子に腰掛け化猫の女を侍らせているリクオと可奈の姿があった。
「こぉ〜んな可愛い愛人連れてきたと思ったら、本妻様の登場だわ。リクオ様どうされるの?」
 至極楽しいと云わんばかりに笑う化猫の女に、リクオは軽く肩を押し退かせると横に座るようにと長椅子を叩いた。
 妖怪だらけの場所に人間を連れてきたリクオに腹が立ったが、そんな事はおくびにも出さずニッコリと笑みを浮かべ拒絶した。
「可奈さん、彼が隣に座って欲しいって。私は、ここに座ろうかしら」
 リクオの前の椅子に腰を下ろし、隣にいた化猫の男に声を掛けた。
「お箸持ってきてくれる? お腹空いちゃった」
「は、はい! 喜んで」
 彼は、私の後ろを通りお箸を取りに下の階へと階段を駆け下りていった。
「良いんですかぁ〜? 愛人に若様取られちゃいますよぉ?」
 しな垂れかかって来る化猫の女は既に酔っているのか、呂律が曖昧だ。
「私、まだ未婚よ。彼に何人愛人が居ようと別に構わないもの。私と彼の関係を表すなら『無関係』なのだから」
 佐久穂の一言にピキーンッと音を立てて場が凍りついた。
「さ、佐久穂姫様ご冗談を……」
「冗談は嫌いなの」
 にべもなく言い切る佐久穂に、周囲のオロオロする態度と裏腹にリクオの機嫌は降下していた。
「お箸お持ちしましたぁ!」
 箸を取りに戻ってきた化猫の男は、佐久穂に箸を手渡しさらに名物のまたたびカクテルを出してくれた。
「ありがとう」
 一口飲むと、自分が想像していたよりも口当たりが良く美味しかった。
 酒が入ると人も妖も陽気になるのか、食事もそこそこに賭け事へと移り、中でも可奈を中心に遊んでいる。
 幽霊や妖が苦手だと言っていた彼女だが、今では彼らを恐れている感じは見えない。
 ぼんやりとその光景を長めながら、良太猫が来るのを待った。
 ドタドタドタと音を立てて階段を上る足音に、漸く来かたと入り口に視線を送ると、良太猫が飛び込んできた。
「若!! 来てくれてたんですかい」
「上手くやってるみたいだな良太猫」
「旧鼠がいなけりゃ、きちんと人と妖怪を分けられますから」
 嬉しそうに耳をピコピコと動かす良太猫に、佐久穂は完全に忘れ去られているなと溜息を吐いた。
「今晩は、良太猫殿」
「ああ! 佐久穂姫様も来てくれてたんですね! 嬉しいっす」
「……私は、祖父の遣いで依頼品を持ってきただけなの。それなのに美味しい料理までご馳走して頂いて申し訳ないわ。是非、皆でうちに遊びに来て。お菓子で良ければご馳走するわ」
 品物を手渡しながら、そう言うと恐縮した様子で手を振って断ってきた。
「品物を届けて頂いただけでもありがてぇのに、そこまでして頂くなんてとんでもない」
「美味しいご飯が食べれて嬉しかった。だからお礼がしたいの。じゃあ、明日にでも入り口の蛇の旦那に渡しておくから取りに行ってね」
 ありがとうと笑みを浮かべると、嬉しそうに良太猫のピコピコと耳が動いた。可愛いなぁ。
「さて、用は済んだから帰るわ。化け猫横丁の出口まで送ってくれる?」
 良太猫にエスコートを頼むと、怒気を孕ませたリクオが静止をかけた。
「……俺が行く」
「あなたが彼女を連れてきたんでしょう。責任持って連れて帰りなさい。……私のことは、良太猫殿が守ってくれるわ。じゃあ、行きましょう」
「へ? ええっ!? さ、佐久穂姫様ぁぁあ」
 良太猫の腕に自分の腕を絡ませ、部屋の出入口にある暖簾を潜り階段を下りた。追いかけてくる様子もないことにホッと安堵する。
 もし、追いかけてこようものなら、思いっきり張っ倒していたところだ。
 長い路地を抜けると化け猫横丁の看板が見え、腕を解き距離をあける。
「ここで良いわ。今日は、美味しいご飯ありがとう。明日の夜、お菓子を届けるわ。生ものだから、早めに取りに行くように。じゃあ、またね」
 化け猫横丁から出た佐久穂は、入り口を守っていた蛇の旦那に声を掛けた。
「忠告ありがとう」
 礼を言われるとは思わなかったのか、面食らった顔をしているのがおかしい。
 佐久穂は、古い戸を押し外の世界へと戻った。
 翌日、彼女の宣言通り和菓子が大量に詰まった大きなタッパーが届けられた。届け主に会うべく待ち伏せしていたリクオだったが、当の本人は来ず用事を言いつけられた雑鬼たちを見て、周囲に多大な八つ当たりをする事になるとなる。

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