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六夜 [ 82/218 ]


 目的の山頂に着いた佐久穂は、妖刀村正を片手に真正面から殴り込んでいた。
「雑魚には用はないのよっ! 牛鬼を出しなさいっ」
 突然現れた佐久穂に、妖怪は襲い掛かるが全く歯が立たない。
「……一番妖気が高い場所にいるはず」
 神経を集中させながら、辺りを探ると一番奥の部屋に桁違いに大きい二つの気を見つけた。
「妖刀村正―氷華乱舞―」
 妖怪の足元を狙い技を放ち動きを封じる。その隙に目的の最奥の部屋へと走った。
 部屋に近づくにつれ、聞き覚えのある声にブルリ身を震わせた。
 この襖を開けると、とてつもなく不幸になる気がする。
 引き返そうかと思ったら、勝手に襖が開き腕を引っ張られた。
「何でこんなとこにいんだ?」
「離してよ!」
 すっぽりとリクオの腕の中に収まる形になった佐久穂は、ジタバタと暴れそこから抜け出そうと躍起になる。
「痛ぇよ。怪我してんだから、暴れんな」
 拘束が弱まることはなかったが、彼から血の臭いがすることに気付き抵抗を止めた。
 血臭がするくらいだ。結構な量が出ているはずだ。
「逃げないから腕緩めて」
 そう言うと、彼はほんの少しだけ腕を緩めてくれた。くるりと向きを変え、向き合う形でリクオを見る。首と胸に浅い傷がある。
「この阿呆っ!! 怪我してるんだったら、大人しくしとけ。止血する。……変なことしたら殺す」
 傷に手を当て、全神経を集中し傷を塞ぐ。気を送り、相手の細胞を活性化させる。
 傷を塞ぐと言っても完全に塞ぐことは出来ない。精々止血する程度のものだ。
「取合えずは、これで良し。あっちも怪我人ね」
 牛鬼の手当てをとリクオから離れようとしたら、腕を掴まれた。
「……怪我の治療の邪魔をするならはっ倒すわよ」
 ここで死なれては、覗き魔共々この手で八つ裂きに出来なくなる。
 牛鬼の胸に手を当て、リクオと同じように傷を塞いだ。
 流石に二人同時に治療するのは負担が大きく、牛鬼を八つ裂きにする気力も、リクオを殴り飛ばす気力もない。
 取合えず別の日に持ち越しかと思い直した佐久穂は、念のため床に仰向けになっている牛鬼に問い掛けた。
「あんたの命令で女湯を襲わせたの?」
「女…湯? そんな命令は出してない」
「じゃあ、どんな命令は出したのよ」
「バラバラに行動させ側近とリクオ様を殺せとは命じた」
「……そう、じゃああの変態妖怪の独断なわけね。それだけ聞いたらもう良いわ。疲れたし帰る」
 体力が回復したら真っ先に八つ裂きにしてやると思っていたら、牛鬼との話をしっかり聞いていたリクオがどす黒い笑みを浮かべて言った。
「詳しく聞かせろよ。その話……」
「温泉を楽しんでいたら、女湯を襲撃してきた阿呆がいた。それだけよ」
「ほぉ……女湯をねぇ。俺は見てねぇのに、他の男に見られたのかぃ?」
 何だか怪しい雲行きになってきたのを察知した佐久穂は、ジリジリと近寄るリクオに怯えた。
「だ、だったら何よ」
「いや、許せねーなぁ……と思ってな」
 嫌に低い声が、恐怖心を煽る。
「く、車之輔!!」
 悲鳴に近い声で式を呼び、外に式の気配を感じた佐久穂は、窓から逃げ出そうと試みるも失敗した。
「俺以外の男の名を呼ぶのも気に食わねぇ」
 耳元で呟かれた低い声に、身体がビクリと反応する。
「牛鬼、風呂借りんぞ」
 さらりととんでもない事を宣ったリクオに、佐久穂は貞操の危機を感じた。
「ダメっ! 絶対ダメっ!! 後生だから貸さないで!」
 形振り構わず牛鬼に泣付く佐久穂をリクオは不愉快そうに見ていた。
「……風呂場は、離れにある」
 佐久穂の懇願よりもリクオの意思を優先させた牛鬼に、罵詈雑言恨み辛みを吐き、掻っ攫われるように風呂場へと連れて行かれた。


 無理矢理連れて来られた風呂場は、清継の別荘にあった温泉よりも豪華だった。
「……天然檜風呂」
 広々とした全面檜で作られた風呂に、佐久穂はホゥと感嘆する。
 そんな彼女を見ていたリクオは、背中から抱き込みツーッと身体の線を確かめるように手を動かした。
「ひゃぁっ! ちょっ、触らないでよ」
「触らなきゃなんも出来ねぇだろう」
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるリクオに、佐久穂の頬が引きつる。
「……まあ、今日のところは何もしねーよ。折角塞いでくれた傷が悪化すんのは嫌だからな」
 その言葉にホッとしたのも束の間、奴は別の提案をしてきた。
「代わりに一緒に風呂入ろうぜ。俺の血を吸った服を着っぱなしってのも気持ちいいもんじゃあねーだろ」
 一緒に風呂を入るのか。それともこのまま純潔を奪われるのか。リクオの言葉の裏を正確に捉えた佐久穂は、究極の選択を突きつけられ、長考の結果リクオと共に風呂に入る事を選んだ。
 お互い裸で、お湯も透明。隠す場所などなく、端っこに寄り縮こまる佐久穂をリクオは面白そうに眺めている。
 透き通る白い肌は薄紅色に染まり、烏珠の濡れた瞳が怯えるようにリクオを捕らえて離さない。
 艶やかな黒髪簪で纏め上げたうなじは、何とも言えぬ色香をかもし出していた。
 「手を出さない」と約束した手前、リクオは早々に後悔していた。
「なあ、こっち向けよ」
「い・や」
 背を向けて拒絶する佐久穂に焦れたリクオは、彼女の腰に腕を回しヒョイと持ち上げ自分の膝の上に下ろした。
 あまりの羞恥に言葉を無くす佐久穂に軽く口付け、リクオは柔い身体を堪能するかのように抱きしめる。
「あー、やわらけぇ……。綺麗な肌だな。これを見た野郎がいるってのがムカツク。俺以外に見せんなよ」
 子供みたいな事を宣うリクオに、殴り飛ばしたいのをグッと堪え、奴が満足するまでジッとしている事にしたのだった。

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