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五夜 [ 81/218 ]


 奴良リクオという人物は、どうも不幸を呼び込む性質らしい。そんな彼と関りを持ってしまった自分は、もっと不幸だと安部佐久穂は心の中で嘆いていた。
 夜のリクオに『俺の女』宣言をされて以来というもの、リクオの嫁と妖共には認識され、祖父は「嫌なら自分でなんとかせい」と知らん顔だ。
 安部邸には、強力な結界が張り巡らされている。不用意に入ろうものなら、その結界に焼かれてしまうのだが、ぬらりひょんは掻い潜って中に入ってくるのだから始末に終えない。
 出来る限り接点を減らそうにも、晴明がホイホイと(雑鬼からの依頼)仕事を受けてくる。
 それに何故か巻き込まれてるのが、奴良リクオなのだ。清十字清継が結成した清十字怪奇探偵団なるダサイネーミングの部活に所属し振り回されている。
 清十字清継という男は、ずば抜けて情報収集力が高く、時折妖怪らの存在や核心に近づく事もあり、ひやりとする場面が何度かあった。
 どこから収集したのか佐久穂の事も調べ上げ、清十字怪奇探偵団の一員として安部邸にまで押しかけて来たのが事の発端で、断ろうにも晴明が『それは面白そうじゃのぉ』などとフザケタ事をぬかすものだから、強制的に探偵団の要員として組込まれる事となった。
 Gwの予定が、捩眼山(ねじれめやま)で妖怪武者修行……と清継が言い出し、佐久穂も年長者(=保護者)として同行を余儀なくされたのだ。
 夜は温泉と言い聞かせ、結構な山道を無言で上る。
 張り切って先頭を歩く清継はさておき、家長可奈が氷麗(つらら)の事を睨んでいる。
 リクオは、眼鏡を掛けているが顔は可愛い系だ。人気もあるだろう。可奈は、リクオの幼馴染らしいがひょっとすると恋をしているのではないだろうか。
 面白い三角関係を愛でながら、胡散臭い山を登り進む。
 ゆらが足を止めた場所から流れる妖気に、佐久穂は顔を顰めた。これは、厄介なところに足を踏み入れてしまったものだ。
 雑鬼や弱い妖怪が放つ畏れとは違い、それなりに力があるものが放つ畏れだ。
 ゆらがどれほどの戦力になるかはさておき、二人だけであの人数を守り抜くのは面倒くさい。
 神将を連れてきたら良かったと思わなくもなかったが、来てしまったものはしょうがない。用心するしかないだろう。
「……あれ何やろう?」
 ゆらが指差したのは、小さな祠だった。霧が濃くて石段からは読み取りにくい。
「ちょっと見てきます」
 そう言うとゆらは、祠の方へと向かって歩いていった。
「梅若丸って書いてあるよ」
 ゆらが祠に辿り着く前に、そう答えたのはリクオだ。こいつ、伊達眼鏡だったのか。
 何故?とは思ったが、深く考えるような事でもないので頭の片隅へと追いやる。
「意外と早く見つけたな。……清十字怪奇探偵団」
 ガサリと動いた男を見て、清継が感極まった声で叫んだ。
「ああ、あなたは作家にして妖怪研究家の化原先生!!」
 化原は、歩きながらこの山に纏わるウンチクを語っている。よく息が切れないものだ。
 念には念を入れておくべきだ。最後尾を歩く佐久穂は、誰にも気付かれないように式を放った。
 先を進むにつれ霧が徐々に濃くなっている。途中で見つけた牛鬼の像辺りでは、濃厚な妖気が漂っていた。
「いーやーだー!」
「もう帰ろうよ」
 声を上げ泣き言を言い始めた二人の少女に、リクオもそれに賛同する。
「そうだよ! 今すぐ皆で帰ろう」
 リクオは、この山がヤバイと感じての言葉なのだろうが、別の意味で無謀な事を言っているのに恐らく気付いていない。
「ダメよ。ただでさえ濃霧なのに、もう直ぐ夜になる。暗い山道を降りる方が危険だし、降りた頃にはバスはないわ。それに、何かあっても彼女が居るじゃない」
 ゆらを指してニッコリと微笑むと、安心したのか二人それもそうかと納得したようだ。
「あんたも陰陽師やん……」
 財布をチェックしながら恨みがましい声で文句を言う彼女に、佐久穂はシレッとした顔で答えた。
「面倒くさいからイ・ヤ」
 全部を押付ける気などないが、ある程度彼女がどれほど使えるのか知りたいのは事実。
 正直なところ共闘はしたくないが、そう言ってられない場合もあるので用心するにはこした事はない。
「セキュリティ完備はバッチリの僕の別荘があるじゃないか! 温泉に豪華な夕食が待っているよ」
 追い討ちをかけるように清継が『温泉』『豪華な夕食』をチラつかせる。
 リクオだけが渋るが、歩き疲れていた彼女達には魅力だったようだ。最も、氷麗(つらら)は携帯と睨めっこしている。
 先手を打って知らせを出したのだから、多分こっちに向かっている頃だろう。
「温泉〜温泉♪ ほら、リクオ君も行くよ。楽しまなくちゃ」
 美味しいご飯とテンションの高い佐久穂は、リクオを引っ張りながら清継の別荘へと向かったのだった。


「おお! 立派な温泉〜」
 キラキラと一番眼を輝かしたのは、他でもない佐久穂だった。
「効能は? あ、露天風呂だー!!」
「美白と冷え性、肩こり、腰痛などに良いと聞くよ」
「へぇ〜、入って良い?」
「どうぞ、どうぞ。直ぐにでも入れるよ」
「やったー!!」
 お風呂お風呂と鼻歌を歌いながら、いそいそと温泉に入る準備をする佐久穂に周囲は呆気に取られた。
 クールな一面しか見ていない(というか見せていない)ので、そのギャップに驚いていた。
「早く入ろう!!」
 佐久穂は、ゆらを含む女の子に声を掛け問答無用で脱衣所へと引き摺っていった。
 氷麗(つらら)が温泉を辞退し、勘違いから来る嫉妬なのか可奈も早々に上がっていった。
「……視線を感じるんだけど」
 覗きか? どこからだろうと探っていたら、無数の妖怪に襲撃された。
「牛でかっ!」
「突っ込むところは、そことちゃうで!!」
 妖怪に悲鳴を上げる二人に、根香(ねごろ)と宇和島(うわじま)が襲い掛かる。
「禄存(ろくそん)、武曲(ぶきょく)!」
 ゆらの式・牡鹿と落ち武者が、襲い掛かる妖怪の前に立ちはだかった。
「陰陽師の女は、後回しで良い! そこの三人を狙え」
 何と云うか、ろくでもない妖怪だ。女湯を襲撃した上に、力のないものから狙うとは万死に値する。
「……入浴中に襲うなんて本当に見上げた度胸よね」
 ぽつりと呟かれた言葉は、二人の悲鳴とゆらの声でかき消される。
「ゆらさん、悪いけど時間稼いでくれる? この二人を安全なところへ移すわ」
「お願いしますっ」
 二人の手を取り、脱衣所を抜け建物の中へと入る。
 親指を歯で噛み血が出るのを確認すると、床に膝をつき結界の要となる文字を四方に書き記す。
「我が身は我にあらじ、神の御盾を翳すものなり」
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「怖いよぉ」
 目に涙を溜める彼女達に、佐久穂は大丈夫だと頷いた。
「建物がぶっ壊れても、貴女達に指一本触れることなんて出来やしないんだから。ゆらさんの手伝いをしてくるから、ここで待ってて。絶対に結界から出ないでね」
 素っ裸では風邪を引くと思い直し、式にバスタオルと着替えを持っていくように命じ、まだ女湯で頑張っているゆらの元へと駆けた。
 力技では適わないのか、押され気味だ。陰の気が充満しているこの山で神々を呼ぶのは無理だ。
「オンハンドマダラ、アボキャジャヤニソロソロソワカ」
 刀印を結び根香(ねごろ)と宇和島(うわじま)に目掛けて振り下ろす。白光の一閃が放たれ、爆風を生み妖を蹴散らした。
 牛の骸骨を被った妖が、頭上から落ちてきた。これが、女湯を覗く変態妖怪か……。
「縛縛縛・風縛」
 風の力を利用した縛術に、喚き散らす妖怪にどうしてやろうかと考えていたら、漸く増援部隊が到着した。
 奴良組の連中に任せ、一旦服を着ることにした。
 再び、戻るとビシビシと眼鏡を掛けたカラス天狗に鞭で打たれている。
「他の二人は?」
「若を探しに行きました」
 答えるものの、鞭を打つては休めない。ドSだな、こいつ……。
「誰の指示でしたか分かる?」
「牛鬼です」
「ふぅ〜ん……そう、分かった」
 ふつふつと込上げる怒りを抑えながら、非難しているゆらに声をかける。
「ちょっと、元締めを絞めてくるわ。あの子らのこと頼むね」
「う、うん」
 ゆらが、頷いたのを確認した佐久穂はスゥと大きく息を吐き怒号した。
「カモーン車之輔(くるまのすけ)!」
 空を駆けてくる牛車。元は、地上でしか走れなかったのをその高い妖力を使い空を走れるようにまで佐久穂が仕込んだ昌浩の式である。
「ごめんね。呼び出して」
 問題ないとでも言いたいのか、ギコギコと車体を揺らしている。
「来て早々悪いんだけど、山の頂上まで運んでくれる?」
 山を登るに連れて妖気がましているのだ。恐らく大元は、そこにいるのだろう。
「ヤキ入れてきっちり詫び入れさせてやる」
 ポツリと呟かれたドスの聞いた声が、女湯を襲った馬頭丸(めずまる)の耳にも入り、ガタガタとその身を震わせた事など知る由もなく、佐久穂は車之輔に乗り込み頂上へと向かった。

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