小説 | ナノ

四夜 [ 80/218 ]


 起きたら、驚愕の事実が待っていました。


 慌しい物音に目を覚ました佐久穂は、見覚えのない部屋に首を傾げた。
「……ここ、私の部屋じゃないよね」
 頭が覚醒しきっていないせいか、ぼんやりと昨日の出来事を思い出し、そしてキレた。
「思い出しただけでも腹が立つーっ!! あのド助平妖怪、もう一発ぶん殴らないと気がすまないわ」
 思い立ったら吉日とばかりに、単一枚の姿で襖をスパーンッと音を立て部屋を飛び出した。
 途中で会った妖怪に孫の居所を聞くと、彼はあっさりと教えてくれた。
「突き当たりを右に曲がって三つ目の部屋が、リクオ様のお部屋です」
「突き当たりを右で三つ目の部屋ね。ありがとう!」
 ドタドタと走り目的の部屋の前に着くと、佐久穂はこれまたスパーンッと音を立てて襖を開けた。
「このド助平妖怪!! もう一発殴らせろ!」
 いきり立っていた佐久穂だったが、そこに居たのは以前道端でぶつかった少年だった。
「……リクオ君?」
「佐久穂さんが、何でうちに……?」
 熱があるのか、潤んだ眼でぼんやりと佐久穂を見るリクオに何て説明しようかと頭を抱えた。
「ド助平妖怪って……佐久穂さん、妖怪が見えるの?」
「あー……見えますね」
 嘘吐いても仕方が無いので正直に肯定すると、リクオの顔が歪んだ。
「……うちの誰かが佐久穂さんに迷惑かけたの?」
 恐らくは、目の前の彼が昨日佐久穂にセクハラを行った張本人なのだろうが、この様子だと記憶がないようだ。
「……気にしないで。後で直接本人をぶん殴るから良いの」
 記憶のない彼に昨日の事を話し殴っても、気分は晴れるどころか罪悪感に見舞われそうだ。
「ちょっと失礼」
 佐久穂は、リクオの枕元に座り手で熱を計った。平均35.6℃と低温な佐久穂だが、彼の熱は結構高いと言える。
 手に気を込めて原因を探ると、昨夜の一件で使った技に気負いすぎて身体がついて来なかったようだ。
「食欲はある?」
「えっと…はい……」
「んー、ご飯食べて寝てれば大丈夫かな。お台所借りるね」
 佐久穂は、そう言うとリクオの額から手を外し腰を上げ部屋を出た。
 お腹が空くなら、直りは早いだろう。
 途中で通った居間で朝食を取っていたぬらりひょんに声を掛ける。
「台所借りるわよ」
「飯なら用意してあるぞ?」
 膳に盛られた純和風の朝食は、阿部家のそれと似ていて美味しそうだ。
「後で貰う。台所は……リクオ君に滋養のある粥を作るの。昨日張り倒して気絶させたからね」
「台所は勝手に使うが良い。しかし、リクオもやるのぉ。流石わしの孫じゃ」
 ハッハッハッと笑うぬらりひょんを軽くいなし、台所に立ち入る許可を貰った佐久穂はその辺りに居た妖怪を捕まえ台所へと案内させたのだった。


 粥と一口に言っても様々だが、安部家の粥はオジヤに近かった。野菜や魚を細かく刻み米と一緒に煮込む。
 重湯までいかなくとも、噛まずに食べれる柔らかさに仕上げる。醤油は少なめで出汁が利いて美味しいのだ。
 一口味見をし、塩で味を整える。梅干を小皿に盛り白湯と一緒に膳に乗せ、もう片方には緑茶の入った湯のみを持ちリクオの部屋へと運んでやる。
 「行儀は悪いが手がふさがっているのだ。仕方が無い」と自分に言い訳し、佐久穂は足で襖を開けた。
「ご飯だぞ」
 リクオの隣には、巨乳美女が手を握っていた。その光景は、死に掛けてる夫の身を案じる妻といった感じだ。
「……ショタコン?」
 思わずポロリと零れた言葉は、彼女には聞こえなかったようで、佐久穂が持っていた膳を受取ってくれた。
「お早う御座います姫様。私は、毛倡妓(けじょうろう)と申します。若共々よろしくお願いしますね」
「何で姫呼ばわり……(つか、よろしくされたくない)」
「お気に召しませんでしたか? では、奥方様で……」
「何でそうなる!!」
 どうしてそんな思考にいくのかサッパリ分からない。それは、リクオも同じようで佐久穂以上に困惑している。
「ブラックジョークは程々にしてね」
 ドス黒い笑みを浮かべ、それ以上何も言わせないと圧力を掛けると彼女は首を縦に振った。
「安部家特製オジヤ、これ食べて熱さまし飲んで寝る! そうすれば一発で良くなるから」
 寝たまま食べさせるわけにはいかず、彼の背中に腕を入れよいしょと身体を起す。
「私にもたれて良いから、気にせずご飯を完食すること」
「はぁい……」
 考えるのも面倒になったのか、リクオはレンゲを手に取りモソモソと粥を口の中に入れ飲み込んでいく。
 数十分程度掛けて食事を終えたリクオの元に、またも騒々しい輩が入ってきた。
「安部の末姫を娶ったって本当かーーーっ!?」
 スパーンッと景気良く襖を開いた男に、佐久穂は膳の脚を持ち男の顔面目掛けて投げた。
 至近距離からの攻撃に避けることができず、膳は顔面に直撃し男は昏倒する。
「そのあだ名で呼ぶな! どこの誰? 変な噂を流してる馬鹿はっ!」
 リクオを毛倡妓(けじょうろう)に押付け、佐久穂は部屋を飛び出していった。
 それを見送った毛倡妓(けじょうろう)は、目の前で熱を出しているリクオをちらりと見て溜息を吐く。
 夜のリクオ自身が『俺の女』宣言をしているのだ。噂の発信源は彼からと言えるだろうが、昼のリクオは覚えてないのだからどうしようもない。
「……色々聞きたい事があるんだけど。後で説明してね」
 リクオの静かな有無を言わさない言葉に、毛倡妓(けじょうろう)は冷や汗をかいたのだった。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -