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参夜 [ 79/218 ]

 奴良組の抗争に巻き込まれた形で幕を閉じた旧鼠事件。もちろん報酬などない。
 あったのは、睡眠不足と不愉快な出来事だけだった。
 奴は、捕まっていた二人組みとは知り合いのようで陰陽師らしき少女に「絶対倒す」と言われていた。
 後にその少女が、蘆屋道満(あしや どうまん)の末裔である花開院家の次期当主候補だとは、この時知る由もなかった。


 遡ること五時間前――旧鼠を倒した後、何故か自分は奴良組へと拉致られていた。
 呆気なくカタがつき、時間を持て余した男は何を思ったのか、話がしたいと言ってきたのだ。
「話ねぇ……私は眠い。寝たいの。用事も済んだし帰る。話は、また会ったらしましょう。勾陳、帰るわよ」
「あんたの事、教える約束だろう」
 クルリと背を向けて歩き出した私だったが、腕を掴まれそれ以上の進行を阻まれた。
「気安く触らないでくれる?」
「良いじゃねーか。別に減るもんじゃねぇし。その言葉を使うなら、これくらいしてから言ってくんねーか」
 手が、胸の膨らみを捉えムニュムニュと無遠慮に揉まれた。
 驚愕で呆気に取られる佐久穂を見て、あろう事か奴はとんでもなく失礼な事を宣った。
「お前、不感症なのか?」
「……そんなわけあるか! このド助平妖怪がっ!! そこへなおれ、即刻村正の餌食にしてやるわ」
 怒号と共に痛烈な肘鉄を鳩尾に叩き込むと、村正を手に太刀を振り下ろした。
「止めろ佐久穂。高々、乳の一つや二つ揉まれたくらいで怒るな。異性に揉まれるとでかくなるって言うだろう」
「……勾陳、あんたって奴は」
「それに、晴明が約束は守ってから帰って来いと式文が届いてたぞ」
 傍観者に徹していた彼女の言葉に、わなわなと体が震える。
「あの狸ジジイ……。勾陳、先帰って良いわ。丁度、あの馬鹿とこの助平を一発殴ってから帰る。じい様にそう伝えといて」
「楽しみにしてる」
 彼女は、そう言うと本当に帰っていった。危険性が低いと判断したのだろうが、あっさりしている。
「奴良組の総本山に連れてきなさい。話はそこでするわ」
 ギラリと奴を睨み付けると、至極楽しそうに笑いやがった。
「……名前は?」
 佐久穂の腰を抱き歩く男に、我慢だと言い聞かせ名前を聞くと、奴は目を大きく見開いた。
「あんたも知ってるはずだぜ?」
 教える気など更々ないのか、やんわりとはぐらかされる。
「知らない。あんたみたいなド助平妖怪なんぞ知合いに居ないから」
 やらしい手つきで腰を撫でる奴の手を叩き落とし、歩くこと十数分。奴良組の邸宅へと着いた。
 広々とした古きよき日本家屋には、ところかしこに妖怪がウジャウジャいた。
「安部の末姫よう来たのぉ」
「来たくて来たんじゃないわ。その呼び名止めて」
「安部の末姫……佐久穂姫様ですか!?」
 ぬらりひょんの言葉に声を上げたのは、群青色の長い髪を持つ少女だった。
「佐久穂姫?」
 首を傾げる奴に、彼女は胸を張り自慢話をするかの如く佐久穂について語り始めた。
「本名は、安部佐久穂様と申しまして平安時代に活躍した安部晴明の子孫。また陰陽師でもあり、花開院家とは異なり妖や物の怪を無差別に払うことのないお方です。そして、我々妖怪の声も聞いて下さる素晴らしい方なのです!!」
「へぇ〜、変な奴なんだな」
 雑鬼といい、ぬらりひょんといい、昌浩は晴明の孫と呼ばれ、佐久穂は安部の末姫とあだ名を付けられる。
 そのせいか、佐久穂姫などという恥ずかしいあだ名が妖怪の間で出回っているのだ。
「五月蝿いド助平妖怪! それから、あんたも誤解を招くような説明をしないで後生だから」
 ビシッと群青色の髪を持つ少女に念を押すと、彼女はニッコリと笑みを浮かべた。
「氷麗(つらら)です。佐久穂姫様」
 全然伝わってないことに、怒りを通り越して空しさばかりが募る。
「人も妖も、良い奴がいれば悪い奴もいるでしょう。人畜無害なら面倒だから何もしないだけ。害が及ぶなら、例え誰であろうとぶっ飛ばすのが信条なの。今一番払いたいのは、それとこれだけどね」
 指をさされたぬらりひょんと奴は、さも面白いと言わんばかりに笑う。
「だ、ダメですっ!! 佐久穂姫様、それだけは勘弁して下さい」
 オロオロとする氷麗(つらら)に懇願され、
「今日は、払いに来たわけじゃないからね。立ち話もなんだし、上がっても良いわよね?」
と諭すと、コクコクと頭を縦に激しく振り、「布団の用意を」と叫びながら走って行った。
 間違った方向に進んでいる気がするのだが、今ここで気にしたらお終いだ。
「用が済んだら帰るのに……」
「誰が帰すかよ」
 ボソリと呟かれた言葉は、あまりにも小さく佐久穂の耳には聞こえる事はなかった。


 大きさを言えば、二十畳ほどだろうか。だだっ広い居間に通された私が真っ先にしたのは、ぬらりひょんの頭を拳で殴った事だ。
「な、何をする!」
 あまりにも不釣合いな柔和な笑みを浮かべ、殺気も隠し近づいたのだ。
 攻撃をするとは、誰も予測しなかったに違いない。
「総大将様、大丈夫ですか?」
 その行動に敵意が佐久穂へと集中したが、彼女は憮然とした顔で宣った。
「毎回うちに上がり込んで私のご飯を食べた恨みよ。今日のところは、拳骨ひとつでチャラにするわ」
 食べ物の恨みを拳骨で晴らそうとした佐久穂に、低い笑い声が上がった。
「ククッ……お前、面白いな。ジジイを殴った奴なんて始めてみたぜ。良いねぇ、気に入った。俺の女になれよ」
 肩を震わせる奴に、佐久穂は極上の笑みを浮かべて言った。
「寝言は寝てから言うものよ」
 右ストレートをお見舞いしようとしたが、殴られるのは分かっていたのか難なく受け流され腕の中に閉じ込められた。
「なにす……んぅ…んんっ…」
 文句を言おうとしたら、指が顎にかかり上向きにされると丹精な顔が近づいてきた。
 しっとりとした薄い唇が、佐久穂の唇を覆う。呆気に取られ薄く開いた唇に舌が入り込み、中を犯すように荒らしていく。
 歯列を割り絡め取られた舌を無遠慮に吸い上げる。息苦しさに顔を顰めると、呼吸を助けるかのように間を空ける。
 酸欠で意識が遠のきそうになったところで、漸く長い口付けから開放された。
「下手だな。初めてか?」
 からかうような言葉に、佐久穂は頬を力いっぱい張り飛ばした。
「人のファーストキスを返せ! ド助平妖怪がぁああ!!」
 バチーンッと大きな音が出るくらい強力で、まともに食らった奴は畳みの上で気絶している。
「おー……」
 何か言いたげなぬらりひょんを睨んで黙らせると、佐久穂は一言「寝る」と言って居間を後にした。
 気絶してしまった孫の姿に、ぬらりひょんは笑みを浮かべ寝かせるべく下僕を呼んだのだった。

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