小説 | ナノ

弐夜 [ 78/218 ]


 食い扶持は、自分で稼ぐ。それが、安部家の掟だ。
 父吉昌・兄の成親・昌親は、それぞれ別の仕事に就いているが十三の頃から家業を手伝い自分の食い扶持を稼いでいる。
 三男の昌浩もしかり、佐久穂も例に漏れず十三の誕生日を迎えた日に夜は陰陽師として働いていた。
 しかし、専ら雑鬼らからの依頼が多くお金にはならないのが現状だ。
 ファーストフードでバイトしている方が、よっぽどお金になるんじゃないかと思うときがある。
 学校が終ると速攻帰宅し、家業に勤しむ。花の女子高生がする事じゃないなと愚痴りながら、晴明のいる部屋へと向かった。
「じい様、只今戻りました」
 襖の外から声を掛けると、スッと襖が開いた。
「お帰りなさいませ、佐久穂様」
「ありがとう天后。ただいま」
 ふんわりと笑みを浮かべ、彼女は寄り添うように晴明の隣に座った。その後ろには、青龍が腕を組み眉間に皺を寄せて立っている。
 昔に比べて柔和になったらしいが、人の顔を見て睨むのは如何なものか。
「お帰り佐久穂。実は……」
「嫌です」
 用件を言おうとした晴明の声を遮った佐久穂に、彼は堪えていないであろうはずなのに袖を目元にあてヨヨヨと嘆く振りをした。
「酷い酷いぞ佐久穂。わしは、まだ何にも言うとらんのにじい様の話すら聞いてくれんとは、育て方を間違ったかのお」
「そうですね。じい様が、そんな調子だからこんなに捻くれて育ってしまったんです。反省して下さい」
 シレッとした顔で言い返せば、
「あの頃は、本当に可愛かったのに……」
と本気で嘆いている。ウザイなぁ…と心底思いつつも、佐久穂は用件を聞く事にした。
「どうせ厄介事でしょう。で、何ですか?」
 背筋をピンと伸ばし聞く姿勢を保つと、晴明も嘆くのを止めた。
「浮世絵町一番街で女性の変死体が多数見つかっておる」
「そこは奴良組のシマでしょう。そっちに任せたら良いじゃないですか」
「どうも妖の仕業のようでな。ちょっと行って払って来い」
 お使いに行くような言い方で済ませようとする晴明に、佐久穂の頬がヒクリと引きつった。
「……依頼料は?」
「無いぞ」
 恐らく、雑鬼共が晴明に頼んだんだろう。昌浩がいれば、そっちに押付けたのだが彼も別件を抱えているためそれも適わない。
「……分かりましたよ。行きます」
「勾陳を連れてけ」
「はいはい」
 はいは一回だとかなんとか文句を言う晴明を無視し、佐久穂は部屋に戻り大人びた服に着替えると鍔(つば)を手に取り安部邸を後にした。

 
 一番街を闇雲にうろついていては目的のところに辿り着けるわけもなく、その辺りにいた妖に声を掛けた。
「ちょっと、聞きたいんだけど。この辺で人を食らう妖がいるわよね。根城はどこか知ってる?」
「……なんだお前は」
 羽織を着たネズミが、警戒心を露にこちらを睨み付けている。敵意をむき出しにしているネズミを造作もなく捕まえた。
「あんたのところのボスに用事があんのよ。案内してくれるわよね?」
 札をちらりと見せながらお願いすると、払われては堪らんと思ったのか、素直に案内してくれた。
 浮世絵町一の歓楽街。あちらこちらで客引きが見られ、佐久穂は“Club Chu”の看板がある建物の前で足を止めた。
「妖気が出てる。ま、この程度なら直ぐ片付きそう。勾陳は、見物してたら良いよ。ただし、神気は出さないで隠形してね」
「分かった」
 捕まえていたネズミを放し、一目散に中へと逃げ込む姿を見て佐久穂の唇が弧を描いた。
「……本当に阿呆だ」
 呆れつつも、ドアを蹴破り中へと押し入る。
 人間に化けたネズミたちが、客と勘違いし接客する彼らにエスコートされ通された席で隣についた男に聞いた。
「星矢さんっていう凄く格好良い人がいるって友達から聞いたんだけど、今日は来てる?」
「ああ、彼ですか? 今は、VIPルームで接客中なんですよ」
「ふぅん……VIPルームね。じゃあ、一番高いお酒頼んじゃうからそのVIPルームに通してよ」
 佐久穂が強請ると、彼は少し困った顔をし、マネージャーに確認すると席を立った。
「勾陳、奴がどこにいるのか探ってきて」
 小声で指示を出すと、彼女はコクリと頷き屋根裏へと向かった。
 戻ってきた男に、コロリと態度を変えどうだったか聞くと、答えはノーだ。
「そっかぁ…仕方が無い。貸切でドンペリ全部開けちゃおうかなぁ〜って思ってたんですけどぉ。他のお店に行っちゃおうかなぁ」
「わ、分かりました。何とかしますっ!!」
 どこぞの令嬢っぽい姿が功をなしたのか、佐久穂の一言で彼はもう一度マネージャーのところへ走っていった。
『外に梯子らしきものがある。それを上れば屋根裏の窓から入れるぞ』
 仕事を終えた勾陳が戻ってきて報告をくれたので、佐久穂は用は無くなったとばかりにクラブを出る。
 店と店の間にある隙間をぬい梯子へと足をかけ登る。途中、スカートが引っかかり破れるハプニングがあったが、佐久穂はお構いなしに進んだ。
 屋根裏部屋の真上であろう場所から下を眺めると、大きく開けた場所に籠に囚われている少女達と椅子に座る男を見つけた。
 椅子に踏ん反りかえっている男は、恐らくは件の妖怪であろう。
 ふわりと軽やかに屋上から降りた佐久穂は、旧鼠を前にし腹を抱えて笑った。
「あはははっはっは、旧鼠のくせに成金趣味? うわっ、付け睫毛キモ過ぎる」
 佐久穂の悪辣な言葉は、火に油を注ぐようなものだ。
「誰が成金趣味だ。この姿では、星矢さんと呼べや!」
「あかん、人じゃ勝てへん。逃げて!!」
 怒号と共に襲い掛かる手下に、囚われの少女が悲鳴を上げた。
 腰からぶら下げていた鍔を手に取り呪を唱えた。佐久穂の声と共に、古ぼけた鍔から太刀が現れる。
「妖刀村正―業火演舞―」
 襲い掛かる敵を炎で一掃し、太刀を肩に置いて呆れた顔で言った。
「村正使うまでもなさそう。手下も弱いけど、あんたはもっと弱いし」
 サラリと毒を吐く佐久穂は、うっすらと笑みを浮かべて言った。
「それに、お迎えが着たみたいよ」
 迫り来る百鬼夜行の群れに気付いた佐久穂は、トンッと壁に背を預け見物と洒落込む事にした。
 先頭に立つのは、黒と銀を混ぜた見目麗しい男妖怪だ。
「またせたな。……ねずみども」
 怒気を孕んだ声音に、佐久穂はホゥッと感嘆する。あれが奴良組の若大将かと目を細めた。
「てめぇ何もんだ? 本家のやつらはどうした? 三代目は……、いやあんな奴はどーでも良い。回状はどうした! ちゃんと回したんだろうな」
 慌てふためくネズミは、籠に入っている人質を逃がそうとしている事に気付きもしない。
「……書いたやつなら破いちまったよ」
「ならば約束通り殺すまでよ」
 顔に手をあて無表情に告げた男に、激昂するネズミは本当に阿呆である。
 二匹の妖怪が、人質を保護したのを確認すると男はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「どうする夜の帝王。大事な人質(ねこ)が逃げちまったぜ」
「ふざけやがって!! 殺す! 殺してやるっ!! 皆殺しだ!!!」
 旧鼠の声で抗争が始まる。呆気ないほどにカタがついた。
「なんで……誰の命令で動いてる? 百鬼夜行は主しか動かせねぇのに……」
 愕然とした旧鼠がそう零すと、化猫が何を馬鹿な事をと鼻で笑った。
「何言ってんだ。目の前にいるじゃねーか。このお方こそ、ぬらりひょんの孫。妖怪の総大将になられるお方だ」
 大きく目を見開き、わなわなと身体を震わせて言った。
「そいつが、あの時のガキか……。やっぱり、あの時殺しておけば良かったぜ」
 本性を現した旧鼠が、若大将に襲い掛かるのを逸早く察した佐久穂は、二人の間に割込み互いの動きを止めた。
「お取り込み中悪いけど、旧鼠に用があんの。仕留めるのは、ちょっと待ってくれない?」
「……あんた何者だ?」
「それも後」
 キッパリとそう言うと、彼はスッと身を引いた。賢い男だ。動こうものなら問答無用で攻撃するつもりだったのだから。
 太刀の切っ先が、旧鼠の喉元に食い込ませ佐久穂は目を細めて問うた。
「質問その一、一番街の女性変死体事件の犯人?」
「だったら何だ? お前も食らってやろうか、ええっ?」
「答えないならそれでも良いけど、腕の一本は貰うわよ」
 ザシュッと音を立ててゴロリと落ちる腕を蹴り飛ばし、淡々とした声音で別の質問をした。
「質問その二、奴良組三代目を狙っての犯行?」
「そうだ。こいつを殺せば俺が三代目になる」
「ふぅん……」
「最後の質問、黒幕は誰?」
「………」
 その一言が奴良組の連中を殺気立たせたが、佐久穂は依然として態度を崩さない。
「言わないなら別に良いけどね。聞きたい事は聞いたし。後は、よろしく」
 後ろに居た男の肩をポンと叩き、佐久穂は身を引いた。
「ふざけるなふざけるなふざけるなぁああああ!!」
 背を向けた佐久穂に向かって襲い掛かる旧鼠を庇うように立ち、巨大な盃を手に笑った。
「追い詰められて牙を出したが、そりゃ大した牙じゃあねーな。てめぇらが向けた牙の先、本当に闇の王になるなら…歯牙にもかけちゃあならねぇ奴らよ。おめぇらは、俺の下にいる資格もねぇ」
 盃に入った酒を吹き旧鼠の身体を炎で包み込んだ。
「奥義―明鏡止水“桜”―その波紋、鳴り止むまで燃やし続けるぞ。夜明けと共に塵になれ」

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