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幾つ月日が流れても@ [ 72/218 ]


 どこから仕入れてきた知識なのか、貞姫の一言が奴良組を巻き込んだ騒動を引き起こした。
 今日も今日とて奴良組の下僕達のためにご飯を用意していたら、いきなり現れたぬらりひょんが私の顔を見て手を出しながら言った。
「藍、菓子くれ」
「は?」
 思わず間抜けな言葉を発した私に、ぬらりひょんは子供のように菓子を強請ってくる。
「だから、菓子くれ菓子!」
「意味が分かりません! 後少しで朝ごはんなんですから、大人しく大広間で待ってて下さい」
 シッシッとぬらりひょんを手で追い払うが、そんなことで諦めるような奴だったら今この場に私は居なかっただろう。
「今日は、ばれんたいんなんじゃぞ! 好いた奴から菓子を貰う日じゃ。だから、菓子くれ」
「ば、ばかっ! 何朝っぱらから言ってるんですかーっ!! す、好きだなんて……」
 恥ずかしすぎる。顔を真っ赤にして俯く私に気を良くしたぬらりひょんは、ギューッと私の体を抱きしめてくる。
 重なろうとした唇が触れる前に、珱の声が耳に入りドンッとぬらりひょんの体を突き飛ばしていた。
「よ、珱お早う! どうしたの?」
「嫌な予感がしたので、やっぱり水引頭が居たんですね」
 珱は、ガンッと戸棚に頭をぶつけ蹲っているぬらりひょんを冷たい目で睨みつけている。
「姉様」
「なに?」
 物凄く真剣な目で私を見る珱に、どうしたのかと問い掛けると手を出して来た。
「お菓子下さい」
「は?」
 またしても間抜けな声を発してしまった。
「姉様、今日何の日か知ってますか?」
「えっと、ばれんたいって言う日?」
「そうです! 好きな方からお菓子を貰う日です」
「……そんなの聞いたことないわよ」
 珱もぬらりひょんと一緒なことを言うので私は脱力した。
「外来の行事だそうです」
「へぇー、そうなの。でもね、これから朝ごはんでしょう。ご飯の前にお菓子はダメ。分かったら、あっち行ってなさい」
 子供に言い聞かせるように台所から追い出しに掛かろうとすると、珱姫も負けていなかった。
「じゃあ、ご飯が終わったら下さい!」
「そうじゃ。飯前がダメなら、飯の後なら文句はねーだろう」
 珱の言葉に便乗するぬらりひょんを睨みつけながら、私はここで分かったと言わなければ台所に居座られるのが目に見えているので仕方なく承諾した。
 それがいけなかったのだと、後々後悔する事となる。まさか、彼の下僕や姫達が挙って私にお菓子を強請りに来るなんて思わなかったのだから。


 いつもの食事風景は、ちょっと……否、かなり異様な風景を醸し出していた。
 ぬらりひょんの隣に座りながら、食事をしていると皆ご飯を掻き込み一心不乱に食べている。
「ゆっくりよく噛んで食べないと…」
「ゲホゲホッ…ううっ……プハァッ、し…死ぬかと思った」
 ご飯を喉に詰まらせたぬらりひょんが悶絶し、私はすかさず彼にお茶を渡し事なきを得た。
「――と、こうなるのでよく噛んで食べて下さいね」
「……総大将」
 何とも格好のつかない大将の姿に、烏天狗は諦めているのかガクッと肩を落としモソモソとご飯を食べている。
「本当に何でこんなのを伴侶に選ぼうと思ったのか理解できないわ」
 情けない姿を露呈するぬらりひょんに対し、百年の恋も冷めたと言わんばかりに雪羅の厳しい突っ込みが入る。
「出来る女は、駄目男に引かれる傾向があるそうですよ」
 パクパクと料理を突付きながら宮子姫が語ると、珱が眉を寄せて怒り出す。
「だとしても、あれは駄目過ぎます!! 子供みたいにご飯に喉を詰まらせてお姉様の手を煩わせるなんて死ねばいいのに!」
「私、自分より食べ方の汚い男は嫌」
 キッパリと断言する苔姫と、
「あの二人の関係って、まるで母親と子供よね」
などと、貞姫が留めと言わんばかりにぬらりひょんにとっては痛恨の一撃を食らわせる。
 女性陣の痛烈批判も日常茶飯事なのだが、今日のぬらりひょんは一味違った。
「フンッ、お前らなんぞに何を言われても痛くも痒くもないわ。藍が惚れとるのはワシだけじゃ。よって、貴様らに藍から菓子は貰えん」
 カカカッと笑うぬらりひょんに、目を吊り上げたのは珱ではなく雪羅だった。
「ふざけんじゃないわよっ!! 藍の菓子を独り占めするなんて絶対許さないんだから!」
「いいぞ雪女ー」
「やったれー!」
 便乗するかのように、野次が飛び交う。こうして、菓子争奪戦の火蓋が切って落とされたのだった。

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