小説 | ナノ

act23 [ 71/218 ]


 ぬらりひょんに掻っ攫われるように京を後にした私は、江戸にある奴良組の本家で居候生活を送っている。
 勿論、私一人だけではない。芋づる式の様に珱を筆頭に姫様方がさも当然のように付いて来ていた。
 色々と言いたいことはあるのだけれど、一番不思議なのはいつの間にか我が物顔で隣に座りご飯を食らうぬらりひょんを許容してる自分が不思議でならない。
 しかも、何故か自分も上座に座らされている。嫌だと言ったところで、彼の下僕はぬらりひょんの隣にて当たり前という認識を持ち合わせているせいか、下座に座ろうものなら皆からお小言を貰う羽目になる。
「……本当に食べ方が汚いわね。ポロポロ零さないの」
 手拭で汚れた口元を拭ってやると、ぬらりひょんはされるがままになっている。
「ところで総大将、祝言はいつ挙げるのですか?」
「そうじゃのぉ、ワシは今すぐでもいいぞ」
 ニヤッと嫌な笑みを浮かべるぬらりひょんに、私は牛鬼にベッタリの珱を眺めながら物凄く哀れんだ目で彼を見返した。
「当の本人が、貴方に興味が無いんだから祝言もあったもんじゃないでしょう」
 スパッと突っ込みを入れると、ぬらりひょんの顔が笑顔のまま固まり、下僕達は唖然として私を見ている。
「な、なんですか?」
 複雑な感情が織り交ざっているような視線に耐え切れなくなった私は、助けを求めるようにぬらりひょんを見ると血走った目で睨まれガシッと肩を掴まれた。
「イッ…ちょっと、痛いんですけど」
「てめぇ、ワシとの約束を反語にする気か!!」
「はぁ!? 言いがかりつけないで下さい。確かに、ぬらりひょんの欲しいもの(珱)をあげるとは言いましたけど、それは本人の意思があっての事でしょう。ちゃんと、珱に意思確認したんですか?」
「なんで、じゃじゃ馬娘が出てくるんじゃ!」
「顔近いから! もっと離れて……にじり寄るな馬鹿!! もうっ……えっと何だっけ? ああ、そうそう。ぬらりひょん、珱に会いに行ったらずっと通ってたじゃない」
 ぬらりひょんから身体を離そうとするとジリジリとにじり寄られる。なにこの羞恥プレイは。
「ヤキモチか?」
「寝言は寝てから云うものよ。嫉妬する以前の問題よ」
 全然勝ち目の無い相手に対し嫉妬してどうするのだ。生暖かい視線がぬらりひょんに集中しているのは気のせいではないと思う。
「振られていい気味ね」
 袖で口元を隠しながらクツクツと笑みを零す雪麗に、
「ハッキリ申し上げて水引頭の妖には勿体無さ過ぎです。その辺の妖と結婚なさればいいじゃありませんの」
 ニコニコと毒を吐く珱が突っ込みを入れ、
「でも、女癖の悪い男が所帯を持っても直ぐに破局になると思います」
と宮子姫が未来予想を描き、それでは可哀想だと苔姫がフォローにもならないフォローを入れる。
「そこまで言ったら可哀想……。最初から結婚出来ないと言ってあげた方が傷は浅いよ」
「愛の一つも呟けない甲斐性なしに理解できるか不明ですわね」
と貞姫が締め括った。ぬらりひょんに対し、言いたい放題の状況は流石に気の毒だ。
「ぬ、ぬらりひょん……頑張って下さいね。応援はしませんけど」
 取敢えず発破を掛けてみると、今にも泣きそうな顔をしながら彼は絶叫した。
「ワシが惚れとるのは藍お前じゃ! 約束はしっかり守ってもらうからなーっ!!」
 これも一応愛の告白なんだろうが、全然嬉しくないのはなんでだろう。この状況が、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど。穴があったら入りたい。
 妖怪からは、おお! などと歓声が上がったが、
「私は、絶対に認めません!! こんな……こんなヘタレ妖怪に大事な姉様をくれてやるなんて死んだって嫌です! むしろ死ねば良いのに」
 珱の猛反対でかき消され、更にはお三方の姫達も力強く頷いている。
「妖怪を夫に持たずとも、もっと良い男は腐るほどと居ますわ。早まらないで下さいまし」
「妖怪にも男は五万といるからねぇ。総大将も大変ね」
 宮子姫の懇願に、雪麗は物凄く楽しそうな笑みを浮かべニヤニヤとぬらりひょんを眺めている。
 プルプルと肩を震わし席を立ったかと思うと無言で大広間を飛び出していった。
「フッ、勝った」
 雪麗の勝ち誇った顔は、一生忘れることなど出来ないだろう。
「雪麗、おぬし総大将が好きだったんじゃなかったのか?」
 烏天狗の問い掛けに、雪麗はうっとりとした顔で信じられないことを宣った。
「ええ、好きよ。でも、弄る方が楽しいんだもの。可愛いわよね。弄られて反論できずに泣きながら出て行く姿。ヘタレ過ぎて素敵。あー、本当面白いわぁ」
 ぬらりひょんは、腐っても大将だ。その彼を弄って遊ぶ楽しみを覚えた彼女は、ぬらりひょんを可愛いと称した。
 完全に遊ばれているぬらりひょんに、思わず心の中で合掌した。
 暫くの間は、雪麗に遊ばれ珱を筆頭に邪魔されるのだろう。
「……ぬらりひょんを連れ戻してきます」
 流石に可哀想なのでぬらりひょんを追いかけて広間を出る。女性陣からはブーイングが飛んだが、聞かなかった事にしよう。
 廊下を歩いていると、縁側で不貞腐れたように座り込むぬらりひょんを発見し声を掛けた。
「何してるんですか。ご飯の途中なんですから戻りますよ」
「……嫌じゃ」
 膝を抱えて蹲る大きな子供に、私はハァと溜息を吐く。
「何拗ねてるんですか」
「……藍が、悪いんじゃ。ワシとの約束を反語にしようとした」
「ぬらりひょんが欲しいのは、珱だと思ったから承諾したんです。まさか、自分だとは思わなかったですけどね。約束は約束ですし、私で良ければ差し上げますよ」
 色気もムードもない告白に呆れつつも、まあ良いかと済ませてしまう私はどこかおかしいのかもしれない。
「ワシの傍にいろ」
「はい」
「嫁になれ」
「はい」
「娘を産め」
「いや、それは無理。どっちが生まれるか分からないでしょう」
「そこは頷いとけ」
「はいはい」
「毎日やるぞ」
「はい……ハァ!? ちょっと、何ですかそれ!! 嫌ですよ。ぬらりひょんに付き合ったら、私壊れるじゃないですか」
「撤回は聞かん!」
 言質取ったといわんばかりに上機嫌のぬらりひょんに、私は自分のうっかりさに涙が出そうになった。
「〜〜〜っ、なら珱を説得しない限り私は結婚しませんからね!!」
 私の意地とも言える言葉は、結婚まで三年という月日を要することとなる。珱の説得などぬらりひょんに出来るわけもなく、三年後に子供が出来たのが切っ掛けで珱は体裁のため結婚することを苦渋の決断で許可するなどまだ誰も知らぬ話。
 磐長姫から受けた恩恵は、良いことばかりではなかったけれど長い時間をぬらりひょんと私は歩んでいくこととなる。
 ここが、出発地点なのだから。

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