小説 | ナノ

act22 [ 70/218 ]


「藍っ、しっかりせい! 死んではならん。ワシとの約束を破ったまま逝くつもりか!」
 冷たくなりつつある藍の身体を抱きしめ声を掛け続けるぬらりひょんに、牛鬼が重い口を開いた。
「もう、手遅れです。藍殿は……」
「うるさい! ワシは信じん!! 藍は、約束を破るような女じゃねぇ。羽衣狐を打ち取れば、藍を貰うと約束したんじゃ」
 たった一人の人間の女を欲しがるぬらりひょんの前に、荘厳な微笑を浮かべて見下ろす女が立っていた。
「妖が人に惚れるとは面白いものよ」
 場違いなその女は、周囲の視線など気に求めず藍の身体に手を当てた。
「藍に触るんじゃねぇ!」
 彼女の手を振り払おうとするが、寸前のところで避けられてしまう。
「気性が荒いのも困りものよのう。吾は、磐長姫。いくら妖どいえど名くらい聞いたことあろう」
 妖艶な笑みを浮かべる彼女は、ぐるりと辺りを見渡し京妖怪を冷やかな目で睨みつける。
「おぬしらの命は吾の手の中にある。一歩でも動いてみよ。一瞬にして寿命を削り黄泉の国へと送ってやろうぞ」
 強烈な神気に一番近くにいたぬらりひょんは、息を詰める。妖にとって清浄な気は毒になるからだ。
「この娘は吾の眷属の恩人じゃ。このようなところで死なせるわけにはいかぬ」
 彼女は再び手を翳し宣言通り藍の傷を塞ぎに掛かった。
「……血を流しすぎたようじゃ。この後に及んで、どこまでも他人を心配するとはお人よしを通り越して馬鹿じゃな」
 磐長姫は、ハァと溜息を吐き藍を抱きしめるぬらりひょんに向かって云った。
「この娘は、おぬしの傷を心配しておる。妖だから肝をとられたくらいで直ぐに死にはしないと言っても聞きはしない。ほんに強情な娘よ。ぬらりひょんとやら、吾は藍一人傷を癒すのは造作も無い。しかし、おぬしの傷も治すとなると対価無しでは出来ぬこと。条件付きでなら治してやっても良いがどうする?」
「条件?」
「なあに簡単なことだ。吾でも理を犯すことは出来ぬ。だから藍姫を吾の眷属に迎える。おぬしの失った肝の代わりを藍姫が務めようぞ。彼女を傍に置けば不老長寿の恩恵を与えられるだろう。が、彼女が離れれば忽ち恩恵は消えてなくなり死期を早め若くして死ぬだろう。まあ、もっとも人の気持ちなど曖昧かつ不変だからのぅ」
 一種の賭博とも言える賭けを持ちかける磐長姫に、ぬらりひょんは迷う事無く即答した。
「ワシは、こいつ以外に興味はない! 不老長寿なんぞどうでも良いが、藍もう一度目を覚ましてワシの傍におってくれるなら何でも構わん」
「その言葉違えるでないぞ」
 磐長姫の手が、ぬらりひょんの胸元に掛かる。藍とぬらりひょんを淡い光が包み込む。一瞬のことなのに、とても長い時間のように感じた。
 光が収まり始めたのを見計らい、磐長姫は立ち上がり借りは返したと言い残し去っていった。
 真っ白だった藍の顔に血の気が戻る。呼吸もし始め、ぬらりひょんはホッと息を吐いた。
「おう、てめぇら引き上げるぞ。目的のもんは取り戻したぞ」
 藍を抱き上げ引き上げようとしたぬらりひょんに、牛鬼が遺言になりかけた藍の言葉を伝えた。
「お待ち下さい。藍殿より伝言です。他に三人の姫がこの城内で身を潜めているので保護をして欲しいとのこと」
「……どこまでも他人優先か。本当に困った女じゃ。手分けして城の中を調べろ。それらしき姫が居たらワシんところに連れてこい」
「かしこまりました」
 困った女と良いながらも、藍を見つめる目は酷く優しい。
 羽衣狐を討ち取り今や魑魅魍魎の主となったぬらりひょんを先頭に彼の下僕はそれについてゆく。藍が珱姫に成代っていたことなど知らない三人の姫達は、奴良組の下僕達の手を焼かせたのは言うまでもない。


 藍と三人の姫と共に京に戻ったぬらりひょん達は、島原の屋敷に戻っていた。
 珱姫のところには、牛鬼が迎えに行き白雪と共に現在は奴良組の世話になっている。
「しかし、本当に天下を取るとはなぁ……」
 いずれは魑魅魍魎の主になるだろうとは思っていたが、まさかこんな早くになるとは思いもしなかったと木魚達磨が言う。
「確かに、藍殿が攫われなければ今もここで妖狩りをやっていただろう」
 感慨深く頷きながら怒涛の救出劇を振り返る烏天狗に、
「あの羽衣狐に頭突きを食らわせた挙句、脳天から両手を組んで振り下ろす荒業ができるのは藍くらいなもんだろう」
「藍が、一番最強じゃねーか?」
一つ目が酒を煽りながら突っ込みを入れると、狒々はケタケタ笑いそれを肯定した。
「でもねぇ……あれは無いんじゃない?」
 雪麗が、半眼で上座で藍にちょっかいを掛けているぬらりひょんを指差して言った。
「完全にすれ違ってるわよ」
 ぬらりひょんの頬を思いっきり張り飛ばしている姿を見ると、二人の先は前途多難に思えてならない。
 しかも、珱姫を筆頭にうっかり藍の格好良さに惚れた三人の姫達が加わり彼女の周りはいつにも増して賑やかだ。
「……祝言までは先が長そうだ」
 ポツリと呟いた牛鬼の言葉は的を得ていて、ぬらりひょんとの婚姻を彼女等が認めるまでに三年掛かるとは誰も予想しなかっただろう。

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