小説 | ナノ

act21 [ 69/218 ]


 明らかに劣勢だった。長きに渡り京を支配していた大妖怪は強く賢い。愚直なまでに向かってくるぬらりひょんはボロボロだ。
「どうして……どうして、そこまでするのです! 私など放っておけば良いでしょう」
 抜群の攻守を誇る羽衣狐の尻尾は、容赦なく彼の身体を貫く。私が上げた刀で攻撃を防いでいるが、それもいつまで続くか分からない。
 ガクッと膝を折る彼に、私は手を伸ばすが羽衣狐に引き戻される。
「神も妖も魅了し治癒するその力、発揮されては困る」
 羽衣狐は、珱のように手を翳しただけで治療できると思っているようだ。そんな馬鹿なことがあってたまるか。私は、その辺にいる極々普通の女なのだ。
「ぬらりひょんっ!!」
「ホホホッ、可愛いものよ。初めて知った男が、あんな愚直で馬鹿で……本当に可哀想に。まあ、あれが最初で最後の男になるだろうが」
 クツクツと笑みを浮かべる羽衣狐に、私はカッとなり言い返した。
「確かに、貴女から見れば愚直で馬鹿に映りましょう。でも、彼は貴女にはない畏れを持っている。彼ならば、貴女の首を取ることが出来る」
「あれが? 私を倒すと言うのか? なんとまあ……ククッ…おぬし等は似たもの同士じゃ。馬鹿な男に惚れた馬鹿な女の末路を見るが良い」
 クイッと顎を持ち上げられ、唇を重ねようとする羽衣狐の顔を鷲掴み思いっきり頭突きをかました。
 ガンッと音を立て彼女の手が私から離れるのを見逃さなかった。両手を組み思いっきり羽衣狐の脳天目掛けて振り下ろす。
 羽衣狐の身体が崩れ落ちる。私は、彼女から距離を取り唖然とそれを見ているぬらりひょんを怒鳴りつけた。
「何ボサッとしているのです!!」
「ハハハハッ……本当にお前は面白い女じゃ。ワシも負けてはおれん。妖の領分を忘れるところじゃった。……羽衣狐、これが妖の戦いじゃ。覚悟せい」
 ぬらりひょんの空気が一変した。深い闇が彼を包み込む。まるで、そこに彼は存在していないかのように。
 羽衣狐の尻尾も反応しない。いけると思ったが、振りかざした刀は弾かれてしまう。一気に形勢逆転かと思われたが、彼が隠し持っていたもう一本の刀が羽衣狐を捕らえていた。
 斜めに切り裂かれた身体から、大量の妖気が逃げていく。
「その刀…・・・」
「珱姫のところに落ちていたから持ってきたんじゃ」
 ぬらりひょんの意識が、私に向いた一瞬の隙を羽衣狐は見逃さなかった。
 迫り来る尻尾がぬらりひょんの身体を貫こうとしているのが見えて、私は考えもせず彼の前に身体を投げ出した。
 ドスッと腹を尻尾が貫き、痛みで私は腹を抱え膝をつく。ぬらりひょんを殺し損ねた羽衣狐は、屋根を突き破り外へと逃げた。
「藍っ!!」
「私のことは良いから、狐を追いなさい!! 早く!」
「総大将、ここは俺たちに任せておけ! あんたは、止めを刺しに行け!!」
 牛鬼の言葉に、ぬらりひょんは瞠目し彼を一瞥すると任せたと言い残し羽衣狐を追いかけていった。
 ドクドクと流れる血を止めようにも、この場では難しそうだ。
「大丈夫か?」
「はい……と言いたいところですが、この出血量だと難しいですね。もし、私が死んだら伝言を頼みます。珱を頼みます。後、この城に三人の姫が身を潜めて隠れております。彼らの身を保護して欲しい……と」
 痛みで意識が朦朧とする。取敢えず、遺言は残せたので死んでも良いかと思ったが、彼との約束が守れないのは唯一心残りだ。視界が霞み始め、私は死を悟った。


 魑魅魍魎の主となったぬらりひょん戻ってきた時には、私は虫の息だった。
「藍、大丈夫か?」
 彼の気配だけが感じられ手を彷徨わせると、ギュッと握り返された。
 私を看取るのは、家鳴りや小坊主達だと思っていただけに好きな人に看取られて逝けるなんて何て幸せなことか。
「珱を…たの、み…ます。後…」
 約束を破ってごめんなさいと言えない自分が情けない。
「喋るな! 傷に触る」
 もう声が聞こえない。目も見えない。嗚呼、私の命はここまでだったのか。
「三人の姫が…かれらを…保護…し…」
 最後まで言い切ることなく私は、深い闇の中に意識を手放したのだった。


 真っ暗な闇から真っ白な世界へ引き上げられた私は、妖艶で美しい人とであった。
「おぬしが藍姫か」
「は、はい」
 近づくのも恐れ多く感じる美女に私は恐縮しながら肯定し、はたっと気付く。
「何故私の名をご存知なのですか?」
「おぬしが助けた御先稲荷はわが眷属だからな。吾の名は、磐長姫。此度は、わが眷属が世話になった。礼をせぬまま死なせるのは、吾の矜持が許せぬ。せめてもの礼にその傷を癒してやろう」
 存命を約束された言葉だったが、私は素直に頷くことが出来なかった。生きたところで、待っているのは苦しい現実だ。
「……私の怪我より、ぬらりひょんの怪我を治して頂けませんか? 彼は、私を助けようとして沢山怪我を負いました」
「あの妖か? 肝を取られいたが、直ぐに死ぬわけではないから安心せぇ。それよりおぬしの方が重体だろう」
「直ぐにしなないと言っても寿命を縮めたことには変わりないのでしょう? なら、尚更彼の傷を癒して欲しいです」
「……妖に惚れた人と、人に惚れた妖か。対価は貰うが、その願い叶えよう。目を覚ましたとき、おぬしの傷も癒えていよう」
 磐長姫は、私の目元に手を翳し眠れと呟いた。また意識が闇の中へと沈み込む。これが、現実になるとは正直信じてはいなかったのだけど。

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