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act20 [ 68/218 ]


 連れて来られたのは大阪城の最上階のとある部屋。そこには、私の他に姫が三人居た。ドンッと背中を押され部屋の中へと転がり込む。
 地味に痛い。ギッと妖を睨みつけていると、上座に座る淀に扮した羽衣狐が声を掛けてきた。
「待っておったぞ珱姫。京一の美貌と聞いていたが、噂どおり美しい。ほれ、近う近う」
 手招きする彼女に、私は周囲をぐるりと見渡しチッと小さく舌打ちした。四方は人に化けた妖に囲まれ逃げ場がない。
「……」
 震える足を叱咤しながら、何食わぬ顔で彼女の前に立ち彼女を見下ろしながら言った。
「何ゆえ、わが父を殺めてまでここへ連れて来られたのでしょうか? わたくしの生き胆が目当てで御座いますか? 淀殿……いえ、羽衣狐よ」
 私の周りの空気が冷える。連れて来られた姫たちの顔も引きつっている。約一名は、ブルブルと身体を震わせていた。
「妾が妖とな? ホホホッ、面白いことを言う。そう思わぬか、宮子姫」
「え、ええ、そうで御座いますね」
 いきなり話を振られた宮子姫は、顔を引きつらせながら妖の言葉に頷いた。この状況下では、鈍いってある意味幸せだと思う。
「笑いごとで済ませようとも、お前から出る醜悪な妖気は隠せはしまい。大方、不思議な力を持つ者たちを集めたのではないか?」
 ガタガタと恐怖で身体を震わせていた一人の姫が、絶叫する。
「嗚呼、やはり夢の通りになってしまった。あ、ああ…やはり食べられてしまうのね。私の見た未来が、現実になってしまう…」
「貞姫、そのようなことがあるわけないでしょう。ねえ、淀殿」
 ボロボロと涙を零し恐怖で怯える貞姫に、美姫が羽衣狐に助けを求めるように視線を送ると彼女はニッコリと笑みを浮かべていた。
「ほぉ……妾の妖気を感知するとは面白い姫よ。予定は狂ったが、うぬらの肝はいずれは妾の腹の中に納まるのじゃ。なに恐れることはない。そなた達の血肉は妖怪千年の都の礎になるのだから」
「イヤァアアアア!!」
 姫たちの悲鳴が城内に響き渡る。妖に触れられる前に、羽衣狐と彼女の間に割って入り伸ばされた手を弾く。
「何ボーッとしているの! 死にたくないのなら立ちなさい!!」
 私の言葉に姫達はハッと我に返り、立ち上がり妖から距離を取る。傍に居た小さな姫の手を引き、もう片方の手で貞姫の手を掴む。
「貞姫、見えた未来が必ずしも運命とは限りませぬ。運命を決めるのは、己自身で御座います。心を乱しては、相手の思う壺になります。彼女の手をしっかり握って下さいませ。宮子姫は一人で大丈夫ですね?」
「あ、ああ…」
 恐怖で声が出ないのか、恐慌状態に陥っている。私は、バシッと彼女の頬を叩き睨みつける。
「怖がっている暇などないのですよ! 私の後についてきて下さい。私が道を作ったら、そこからお逃げなさい」
 コクコクと頷く彼女を一瞥すると、私は重たい着物を羽衣狐に投げつけた。
 先頭を走り向かってくる妖怪を蹴り倒していく。ぬらりひょんに渡したあの刀がここにあれば、少しは楽なのだろうけど。
 蹴り倒した妖怪が持っていた刀を奪い、切り伏せていく。襖を蹴破りドタドタと廊下を走る。
 このまま追いかけっこしても、捕まるのは目に見えている。何とかして目くらまし出来れば……。そう考えていたら、丁度いいところに人が通り私は思わずその人を呼び止めた。
「お待ち下さい! 助けて下さいまし」
 必死の形相で助けを求める私たちに、まだ幼いながらも武士である彼は二つ返事で了承してくれた。
「皆様、袿を彼に渡して下さい。貴方様は……宮子姫の袿を頭から被って走って下さいまし」
「は?」
「助けると申したでしょう! 男の癖に約束を違えると申されるのですか?」
「い、いえ…分かりました」
 身軽になった姫達を空き部屋に押込み、助けが来るまではけして出ぬようにと釘を刺す。
 私は、身代わりを演じる彼と共に廊下を再び走り出した。
「居たぞ!!」
 追いかけてきた妖怪に、しつこいと思いつつも彼を先に行かせ時間を稼ぐ。二人一緒に捕まれば、逃げている相手が男だとバレてしまう。
「これより先は、通しませぬ」
 刀を妖怪に向ける。武人ではないから、即負けるだろうが私にも意地がある。そう簡単に殺られる気は毛頭もない。
 キッと妖怪達を睨みつけ、足を踏み出した。


 二度目の羽衣狐と対面した私の姿は、ズタボロと言って良いだろう。
「妾を謀った上に、餌まで逃すとは忌々しい女よ」
「それは、貴女が人を侮った結果でしょうに。肝を食らい力が増した力など本当の力ではない!」
「威勢だけは良いのぉ。でも、これで終いじゃ珱姫」
 両腕を拘束されている状態では、逃れることもできな。顎を持ち上げられ口吸いされそうになり、私は自分の最期を覚悟した。
 最期に、ひと目彼に会いたかったがそれも適わぬことだろう。悔しさで涙が零れ落ちる。
 唇が重なる直前に、会いたかった相手の姿が目に入った。
「ぁ……」
 何故彼が、ここにいるのだろう。唖然とする私を他所に、彼は羽衣狐に切り掛かっていた。
 ガキンッとぶつかる音に、攻撃が届かなかったのを察知したぬらりひょんはチッと舌打ちした。
「ワシは、奴良組総大将ぬらりひょん。悪ぃが、その女は連れて帰らせて貰うぞ」
 唖然としたのは私だけではなかった。羽衣狐も意表を突かれたのか、目を丸くしている。
「なんと……妖が人を助けると? 異なことをする奴じゃ。血迷うたはぐれ鼠を退治せい」
 羽衣狐の言葉に彼らの下僕らが動こうとした瞬間、天井を破り見覚えのある妖怪達が現れた。
「なんじゃ、おぬし等も来たのか」
 前を見据えながらニヤッと笑うぬらりひょんに、呆れた顔を浮かべる烏天狗と牛鬼が声を掛けた。
「百鬼夜行ですからな」
「刺青だけでは寂しいでしょう。それに――根治姫には借りがありますゆえ」
 臨戦態勢を取りながら羽衣狐等と対峙する奴良組の面々に、羽衣狐がクツクツと笑い声を零した。
「これは一本取られたわ。まさか、珱姫だと思っていた女が噂の根治姫とはのぉ。一度ならず二度も妾を謀るとは、人にしておくのは惜しい逸材よ。じゃが、これは妾の餌じゃ。くれてやるわけにはいかぬ」
 羽衣狐は、私の腕を取り上座に移動する。
「誰か余興を見せてみよ」
 その一言が、長い長い戦いの幕開けとなった。

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