小説 | ナノ

act19 [ 67/218 ]


 異変に気付いたのは、白雪だった。いきなり身体を起したかと思うと、険しい顔で父が住まう寝殿を睨んでいる。
「血臭がします。それも大量の」
「どういうこと?」
「分かりません。ただ、言えるのはここは危険だと云うことです。お逃げ下さい」
 神の眷属である彼女がそういうのだから、何かあったのだろう。
「珱、着物脱ぎなさい」
「え?」
「良いから、早くなさいっ!」
 バサリと着物を脱ぎ珱姫に押付ける。私の剣幕に慄きながらも、彼女は手を動かし私の着物に着替えた。
 珱の腕を掴み、彼女を押入れの中へと何が聞こえても声を出さず出ないようにと厳命した。
「藍様、何をなさるおつもりですか?」
 私は、慣れない手つきで化粧を施しながら言った。
「珱に成代ります。考えたくはありませんが、珱の生き胆を狙う妖が入り込んだ可能性があります。白雪、ぬらりひょんのところへ行って下さい。彼女を守れるのは、彼だけです」
「なりません! そのような事をすれば、藍様はどうなるのです」
 体中の毛をボワッと膨らまし怒る彼女に、厳しい口調で命令する。
「珱でないと分かったら殺されるかもしれないわ。それまでは、生かされるはずよ。時間が惜しいの。早く行って! これは、お願いじゃない。命令よ」
「…っ、藍様は卑怯です。死んだら絶対許しませんからね!」
 キッと白雪に睨まれた後、彼女は渡殿を飛び出し塀をピョンと越えていく。
 私は、震える手を握り締めながらここに来るであろう妖を待ち受けた。
 ドタドタと部屋に入り込んだ妖は、血に濡れていた。
「妖が、何用でこの屋敷に押し入った」
「お前が珱姫か?」
 蛙のような顔をした二人組みの男。人に化けているつもりなのだろうが、そのおぞましい妖気は隠しきれていない。
「……だとしたらどうするおつもりか」
「連れて行くまでだ。来い」
 腕を掴まれ引き摺られる。あまりの痛さに涙が零れた。
「離せ無礼者!」
「貴様は羽衣狐様の餌になるのだ。大人しくせぬなら痛い目を見るぞ」
「クッ……」
 下手に動けば、私が珱になりかわっている事が分かってしまう。
 抵抗を止めると、妖怪は私の身体を担ぎ上げ彼らが乗っていた朧車に押し込め、大阪城へと向かって走り出した。


 ぬらりひょんは、藍に会うべく薬師寺に訪れていた。しかし、そこは夥しい血が飛び散り悲惨な状況を作っていた。
「何があったんじゃ。藍! 藍! 居ないのか?」
 患者と思しき死体が転がっている。この寺に住む家鳴りや小坊主の死骸もあった。
 寺の中を見て回るが、生存者は見つけることが出来ない。
「門神すら居ねぇって一体どういうことだ?」
 肝心の藍の姿も見当たらない。嫌な予感が、ぬらりひょんの頭に警戒音を鳴らす。
 突如現れた真っ白な狐が、絶叫するようにぬらりひょんに助けを求めた。
「ここに居たののですね、ぬらりひょん! 藍様を珱姫を守ってくださいませ」
「お前、何じゃ?」
「私は、御先稲荷の白雪と申します。今は、時間が御座いません。道すがらにお話いたしますゆえ、何卒お二方をお助け下さい」
 頭を地面につけ形振り構わず必死に頼む姿に、ぬらりひょんはこの狐が藍の云っていた神の御遣いかとひとりごちる。
「珱姫はどうでも良いが、藍が危険となりゃあ話は別じゃ。ありゃ、ワシの女じゃ。守って当然、お前に頼むまでもない」
 白雪を肩に乗せ、三条御殿の隣にある藍の屋敷へと向かう。
「貴方は、珱姫をお慕いしているのではないのですか?」
「いくら別嬪でも、あんなじゃじゃ馬お断りじゃ。ワシは、藍一筋じゃからのぉ。それに将来を誓い合った仲じゃぞ」
「……(激しく胡散臭いが)そうですか。藍様は、珱姫を狙った生き胆信仰妖怪に彼女に成代り捕まっていると思います」
 道すがらに話すと言った手前、ぬらりひょんの肩が揺れるので下手に喋ると舌を噛みそうだ。
 彼の肩に爪を立てながら振り落とされないように踏ん張る。
「着いたぞ」
 タンッと庭先にある庭園の石に降り立ったぬらりひょんは、脇目も振らず藍の部屋へと向かった。
 渡殿には、人の亡骸が転がっている。スパンッと勢い良く襖を開けると、呆然と座る坊主と泣きじゃくる珱姫の姿があった。
 部屋には、血が飛び散り殺戮の痕が残っている。
「藍は、どこだ」
 一瞬にしてぬらりひょんの纏う空気が変わった。白雪は、ぬらりひょんの肩から降り泣きじゃくる珱姫に声を掛けた。
「藍様は、今どこに?」
「姉様はっ、……私の代わりに連れ去られました」
「どこへだ?」
「大阪城だ」
 ポツンと呟いた彼の言葉に、ぬらりひょんはギリッと歯を噛締める。
「おい、白雪。珱姫のこと頼んだぞ。そいつに何かありゃあ、あいつが悲しむ。ワシは、藍を取り戻してくる」
「……御武運を」
 白雪は圧倒的な力の差がある現魑魅魍魎の主に立ち向かおうとするぬらりひょんに気休めばかりの言霊を送る。
 恩人を助けたいが、白雪では歯が立たない。また、神の眷属が神の意思がない限り人の世に介入することは許されないのだ。
 ぬらりひょんは、落ちていた祢々切丸を拾い屋敷を後にした。

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