小説 | ナノ

act18 [ 66/218 ]


「藍殿が、珱姫の姉!? 信じられん」
「珱姫の姉っちゅーたら、物凄い醜女でそれと比例するくらい性格ブスじゃねーか」
 唖然とする面々に、珱が言い募る。
「噂を真に受けないで下さい!! あの噂を流した男が全ての元凶。あの男さえ居なければ……」
 嗚呼、止めて止めて止めて止めて。
「止めて!」
 口から出たのは、自分でも思っていた以上の大きな声だった。珱に対して怒鳴るなんてことをしたことがなかったから、彼女は酷く怯えている。
 胸に巣食う負の感情が、喉元まで競り上がってくる。ギュッと手を握り締め、なんとかそれを飲み込むと普段と変わらない口調で珱を嗜めた。
「珱、貴女のその口は誰かを蔑むためにあるんじゃないわ」
「でも……」
「火のないところに煙は立たないと云うでしょう。珱に比べれば残念な容姿をしているし、珱への貢物に手をつけてるから強ち間違ってないもの」
 良い人を装う自分の化けの皮が、親愛の妹に剥がされた。いつかは、剥がれ落ちると思ってたけれどなんて残酷なことか。
 ここに連れてきたぬらりひょんを恨みたくなるが、それはお門違いというもの。自嘲気味に笑うと、珱が泣きそうな顔で私の言葉を真っ向から否定した。
「私が、姉様に差し上げたものです。姉様が、それをどうしようと姉様の自由で御座います。貢物を売って薬師寺の資金に充てます。姉様は、自分の着物や装飾品さえも全てお売りになって贅沢と無縁の生活をされているではありませんか。どうして……どうして、そのような事を申すのです」
 目に涙を溜め今にも泣きそうな珱に、
「いくら珱から貰ったといえど、それを売り捌きお金に買えている事実は変わらないわ。それを他人がどんな解釈をしても仕方がないし怒れない。噂の出所は、自分にあるのだから。ほら、もう泣き止みなさい。彼らが吃驚しているわ」
 袂から手拭を取り出し、珱の顔を拭く。それでも泣き止まない彼女に、私はホトホト困った。
 ぬらりひょんを見ると、彼も固まっている。うん、まあ彼の行動は予想内の範疇だ。
「……ぬらりひょん、来て早々だけど私は帰るわ。場を悪くしてしまってごめんなさい。珱、ちゃんと送ってもらうのよ」
「姉様っ!」
 伸ばされた手から逃げるように身体を捩る。傷付いた珱の顔が目に焼きつく。振り返るのが怖くて私は逃げるように島原の屋敷を後にした。


 トボトボと来た道を一人で歩く。今、一人で良かった。泣き顔なんて見られたくない。
 ボロボロと涙を零しながら歩く私を見て、周りはひそひそと声を潜めて何か話している。
 惨めだと思う反面、これで良かったと思う自分がいた。いつまでも、未練がましくぬらりひょんを想っているわけにはいかない。
 いい切っ掛けが出来たのだと、私は自分自身に言い聞かせた。それでも、流れる涙はどうしようもなくて袖で拭おうとしたら手を掴まれた。
「…はぁ、はぁ……やっと捕まえた」
 息を切らせたぬらりひょんの声に、私は心が冷えた。手を振り解こうと躍起になるが、ビクともしない。せめてものの抵抗に顔を背けていたら、顎を掴まれ無理矢理顔を上げさせられた。本当に空気が読めない男だ。
「泣いとるのか……。済まん、ワシが悪かった」
 泣き顔なんて無様な姿を見られたくはなかったのに。手を引かれ彼の腕の中に閉じ込められ、残酷な優しさに泣きたくなった。
「貴方が、悪いわけじゃないわ」
「ワシの浅はかさが、藍を泣かせたことには変わらんじゃろう」
「……いつか露見することだもの。こうなる事は、端から分かっていたから良いの。ぬらりひょんは、何一つ悪くない。謝られたら、もっと惨めだわ」
「……藍」
「珱を放ったらかしにしたらダメじゃない。早く戻って」
 彼の胸を押すが、一向に離してくれない。それどころか、さらにキツク抱きしめられる。
「嫌じゃ。今、離したらどこか遠くへ行ってしまう気がする」
「……本当にどうしようもない妖ね。一体どこへ行くというの」
 本当に女を誑すのが上手い。これが、義理の弟になるのかと思うと少し笑える。珱と結婚すれば、親戚同士になるのだ。逃げ場もありゃしない。
「……送ってくれるのでしょう?」
 多分、変な顔になっていると思う。苦笑を浮かべながら、ぬらりひょんに送ってよと伝えると彼は小さく頷き私を抱き上げ屋敷まで送ってくれた。


 殺風景な私の部屋を見て、彼はポツリと呟いた。
「珱姫が言ったのは、本当だったんじゃな」
 何て返せば良いのか思い当たらず、私は無言を貫いた。ぬらりひょんは、私の方へ向き直ると真剣な目で言った。
「ワシには、やらねばならん事がある。それをやり遂げたら、ワシが一番欲しいもんをくれ」
「何故私にそれを言うの?」
「あんたにしか用意できないものだから」
 そこまで言われて分からないほど、私は子供じゃない。幸い珱も彼を好いているようだし、彼女さえ頷けば問題ないはず。彼らの婚儀を手放しで喜べないが、彼らの幸せに繋がるのなら反対する理由はない。
「分かったわ。そのしなければならないことを成し遂げた暁には、貴方が望むものを用意しましょう。ただ、あまり長く待たせないで下さいね」
 可愛い妹が私のように行き送れになってしまうのはごめんだ。そう釘を刺すと、彼は嬉しそうに笑った。
「その言葉、忘れるんじゃねーぞ」
 念押しして屋敷を去ったぬらりひょんに、私はまた泣けてきた。嗚呼、本当に嫌な男だ。私の気持ちなど知らぬが故に、残酷なことを言う。
「愛してるなんて言えやしない……。あんたなんか大嫌いよ。……ぬらりひょん」
 彼の瞳と同じ金色の月を眺めながら、諦めにも似た溜息を吐いた。

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