小説 | ナノ

act14 [ 62/218 ]


 思い立ったら吉日とばかりに、翌日ぬらりひょんは暇そうにしていた牛鬼を引き摺って三条邸を訪れていた。
 塀から中の様子を伺うと、お目当ての人物を発見し細く微笑んだ。
「京一と謳われるだけはあるな」
 あどけない少女だが、たしかに美しい姫だ。藍よりも先に出会ってれば変わったかもしれないが、今のぬらりひょんには珱姫など眼中になかった。
「……こんな事をしているから、藍殿は総大将の気持ちを本気だと察してくれないんですよ」
「失礼なこと言うんじゃねぇ! 珱姫なら藍の事を何か知っているはずじゃ。上手く聞き出せりゃあこっちのもんじゃ。待ってろよ藍、絶対お前の秘密を暴いてやる」
 高らかに宣言するぬらりひょんに、牛鬼はハァと大きな溜息を零した。
 秘密の一つや二つ目を瞑ってやれば良いものを、ぬらりひょんはそれが気に食わないのか暴こうと躍起になっている。
 秘密を知られた相手の気持ちなどお構いなしでは、幾ら藍が寛大だといえど許すとは思えない。
 ぬらりひょんの暴走を牛鬼に止められるわけもなく、出来るだけ暴走しないように見張ることくらいしか出来ないだろう。
「お、一人になった。行くぞ」
「……ハァ(帰りたい)」
 ヒョイッと塀を越えて気配を殺し屋敷の中に進入するぬらりひょんの後を牛鬼も追いかける。
 ぬらりひょんと異なり、極力妖気や気配を殺さないといけない牛鬼は所々に陰陽師がいるのに冷や汗を掻いた。
「陰陽師の数が多すぎやしませんか?」
「ん? ああ、そういやぁ藍が花開院の手練が沢山いると言っておったな。祓われんよう気をつけろ」
 さもどうでも良さ気に物騒なことを宣うぬらりひょんに、牛鬼は心底帰りたいと思った。
 渡殿に乗り上げ、すかさず中へと入る。珱姫の後を尾行しながらも、通りすがりに煙管をくすねる手癖の悪さに牛鬼は頭を痛めた。
 彼女の部屋らしき場所なのだろうか。珱姫は、憂いた顔で月を眺めながら溜息を吐いていた。
「思いつめた憂い顔が、これほど月夜にはえるとはな」
「な、何奴!? くせもの……」
 胡坐を掻きながら珱姫を眺めていたぬらりひょんだったが、一瞬で珱姫との距離を縮め彼女の身体を押し倒した。
「成程、噂どおり絶世の美女じゃ」
 それだけ言うと、彼女の上から退き、ドカッと彼女の目の前に座った。
「あんた、藍って女を知っとるじゃろう? そいつについて教えてくれねぇか」
「は?」
 珱姫は、何を言われたのか分からなかったのか大きな目を丸くしている。
「だから、藍のことを教えろって言ってんだよ。耳が遠いのか?」
 全くもって失礼なことを平然とした顔で言い放つぬらりひょんに、珱姫はブルブルと肩を震わしギッと彼を睨みつけたかと思うと手にしていた護身刀を抜き、ぬらりひょんを目掛けて振り下ろした。
「総大将っ!!」
 後に控えていた牛鬼は、咄嗟にぬらりひょんと珱姫の間に身体を割り込ませる。
 軽く腕が切れ血が畳みの上に散った。
「ぁ……」
 目を見開き驚く珱姫の顔が、次第に青くなる。一瞬、何故そんな顔するのか分からなかった牛鬼だったが、単純に腕を切られたというわけではなく、切られた腕から妖気が溢れ出るという妖怪にとては致命傷になる傷だった。
「それは妖刀か……」
 流石にヤバイと感じた時だった。珱姫の手が、牛鬼の腕に触れる。淡い光が傷をおった部分を覆い傷をドンドン塞いでいく。
「はぁはぁ……止まった」
「お前、何者だ?」
 見詰め合う二人を他所に、ぬらりひょんはかすかに聞こえる足音に腰を上げた。
「姫君!! 無事ですか?」
 彼女を護衛している陰陽師が、こちらに向かってきているのだろう。
「チッ……牛鬼ずらかるぞ」
「はい。腕の傷……礼を言う」
 ぬらりひょんの後を追うように、牛鬼も塀を乗り越え屋敷を後にした。
 風のように去っていった二人組みをポカンとした顔で見送った珱姫は、ヘナヘナと畳みの上に座り込んだ。
「姫君!! 何か御座いましたか!?」
 御簾越しに声を掛けられ、珱姫は息を詰める。思わず上げそうになった悲鳴を飲み込み、震える声を押えるように息を吐き出した。
「……何でもありません」
「……」
 何故だろう。もう一度、彼に会う気がする。
「……牛鬼様」
 火照る頬を袖で隠しながら、小さな声で彼の名を呟いた。

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