小説 | ナノ

act15 [ 63/218 ]


 珱の様子がおかしい。ここ数日、心あらずといった感じだ。ぬらりひょんが、来なくなったのも彼女がおかしくなり始めた頃だ。
「珱、何か悩みでもあるの?」
「いえ、何でもありません」
 私に声を掛けられ、珱は我に返ったように言葉を濁し誤魔化す。
 いくら鈍いと言われる私でも分かる。彼女は、恋をしている。それが、誰か検討がつくあたり胸がキリキリと痛んだ。
「気になる人が出来た?」
「そ、そんなことありません!! 私は、姉様一筋ですっ!」
「顔を赤く染めながら言っても説得力は無いわ。好きな人が出来るのは良いことよ。珱は、可愛いから大丈夫」
 くしゃりと彼女の頭を軽く撫でると、珱はドンッと私の胸に飛び込みギューッと抱きついてきた。
「……でも、相手は妖なんです」
「妖だったとしても私は反対しない。彼なら、珱を誰にも気付かれずに外へ連れ出すことができる。父様のことは私が何とかするわ。だから、珱はその方と一緒に逃げなさい」
「姉様は、その方をご存知なのですか?」
 ビックリしたように目を大きく見開き私を見る珱に、微苦笑を浮かべながら答える。
「ええ、薬師寺でご飯を食べに不法侵入したのが切っ掛けで知り合いになったのよ」
「まあ! お腹が空いてらっしゃったのですね。今度来られた時は、何かご用意した方が宜しいでしょうか?」
「ご飯だけでなく、お菓子も用意してあげると良いわ。彼、甘味も好きだから」
 珱は少し悲しそうに笑みを浮かべる。そんな顔をさせる理由が分からず、私がオロオロしていると珱はポツリと呟いた。
「姉様が、羨ましいです」
「私は、珱が羨ましいわ」
 惚れた男の心が、一心に彼女へと向かっているのだ。珱ほどの容姿があれば……などと無いもの強請りを何度したことか。
「姉様は、あの方の好みを知るだけの時間を共有されてらっしゃいます。私は出会ったばかりで、いつも次は会いに来てくれるだろうかと考えるばかり。約束をするほどの仲でもないから、いつも不安でいっぱいなんです」
「珱に比べて彼と過ごした時間は長いかもしれない。その時間は、珱のところに通い詰めていることに繋がるのよ? 彼はね、美女に目が無いの。珱みたいにとっても可愛くて綺麗な女の子に言い寄られたら一発で落ちるわ。好みを知っている私が断言する」
「姉様……」
「だから、もっと自分に自信を持って良いのよ」
「……はい」
 花が綻ぶような笑みを浮かべる珱に私は、作り笑いを浮かべ悟られないように徹した。
 私達の様子を見ていた白雪が、ピシリと尻尾で床を叩きながらハァと溜息を吐いていたなど知るよしもない。


 私は、珱の邪魔にならないようにと白雪を連れて薬師寺へと向かった。護衛も沢山いるし、余程の事がない限りは花開院が張った結界の中だ。そこらよりも安全と言える。
 腕の中で大人しくしていた白雪が、心底呆れた声で私を詰った。
「藍様って本当にお人よしですよねぇ」
「……何が言いたいの?」
「珱姫のところに通い詰めてる妖が好きなんでしょう? 何で仲を取り持つようなことを言っちゃうんですか」
「私には一生振り向いてもらえない相手でも、珱なら振り向いてもらえる。彼の気持ちが、珱に向いていて珱もそれに応えようとしている。邪魔なんて出来ないわ」
「諦めるんですね」
「ええ、諦めるわ。だって、見込みがないんですもの。それに、もう十分もらったもの」
 身体だけとはいえ、情けを掛けてもらった。単なる気紛れだとしても、抱かれている間はぬらりひょんが自分のものになった気がした。
 それも、もう終わりだ。もう、会うことはあっても私に手を出すことはなくなるだろう。
 憂いを帯びた表情を浮かべた私に、白雪は慰めるように尻尾をフリフリと動かし頬を撫でた。
「慰めてくれるの?」
「失恋記念日に自棄酒付き合って差し上げますよ」
 彼女の言い方が、あまりにもおかしくて私はクツクツと笑みを零す。
 何気ない優しさに私は何度彼女に救われただろうか。劣等感ばかりに苛まれていた私を認め頼る白雪の存在は、とっても温かかった。
「ありがとう。……今だけだから、ごめんね」
 真っ白な体躯を抱きしめながら、震える声で謝罪すると気にするなと慰められた。
 ホワホワの毛に私の涙が滑り落ちる。嗚咽を堪えながら、白雪の優しさに甘えた。
 今この時だけは……いつまでも彼のことを思って泣いてしまう自分を許してやりたい。

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