小説 | ナノ

act13 [ 61/218 ]


 彼は、どこかおかしいのだと思う。素面の私を飽きもせず何度も抱く。今日も、私の拒絶を物ともせず好き勝手に抱いた。
 情事の後は、気だるさと胸に残るしこりが私を苛む。ベッタリとくっ付いてくるぬらりひょんを好きにさせながら私は溜息を吐く。
「散々抱かれておいて終ったら溜息とは情緒がないぞ」
「……情緒のある女を抱けば宜しいんじゃないですか?」
 我ながら可愛くないと思う。刺々しい感じでぬらりひょんを詰るのはいつものこと。
「抱かれてる時は可愛いのになぁ……」
 からかい口調の彼の言葉が、一々心に突き刺さるなんて末期だ。
 腰に回っているぬらりひょんの腕を解き、彼が脱がした着物を手早く着込む。
「何じゃ、もう行くのか? つれないのぉ」
「ええ、貴方に付き合ってたらいつまで経っても帰れないわ。可愛い妹が、家で待っているのよ」
「へぇ、是非見てみたいもんじゃ。藍の妹ってんなら、さぞ可愛かろう」
 興味を示すぬらりひょんに、私は眉を寄せる。どこまで節操がないのだ、この男は。
「可愛いわ。私に似ずとってもね。いくら貴方でも妹はダメ。あの子には、幸せになって欲しいの。貴方のような節操無しに付き合ったら破滅してしまうわ」
「すげぇ言い草じゃな。ワシに抱かれとる藍はどうなんじゃ?」
 クツクツと笑うぬらりひょんに、私は「そうね……」と本心を少しだけ吐き出した。
「貴方と出会ったことが不幸ね」
 こんな感情知らずに済んだのに。最後の言葉は口に出さなかったが、結構辛辣な言葉を突きつけたと思う。
「ワシと一緒にいて不幸か……。そう言われたのは初めてじゃ」
「初体験出来て良かったですね。さ、出てって下さい。私は、帰るんですから」
「やり逃げする気か!」
 何その自分は被害者です的な言い方は。全く持ってムカツク男だ。出すだけ出して気持ちよくなってるのは、ぬらりひょんの方ではないか。
 バカスカやられて、腰痛に悩まされている私の身にもなってほしいもんだ。
「ぬらりひょん、それ以上お馬鹿なことを宣うなら二度と敷居を跨がせないわよ」
「ワシは、ぬらりひょんじゃぞ。入れん場所は無い」
「なら、逆に一生出れなくしてやる」
 フンッと鼻で嗤い飛ばし、ジロリと彼を一瞥するとスパンッと襖を乱暴に閉めて出た。
 私は、ドスドスと八つ当たり気味に音を立てながら渡殿を歩いた。
 遠巻きに家鳴りや小坊主らが、私の様子を伺っているなんて気にも止めない。
「あーっ、早く家に帰って癒されたい」
 珱にささくれ立つ心を癒してもらおうと、私は三条御殿の隣にある生家を目指した。


 一方置いてきぼりにされたぬらりひょんは、ハァと大きな溜息を吐いていた。
 ガリガリと頭を乱暴に掻き、誰も居なくなった部屋でゴロンと褥の上に寝転ぶ。
 さっきまであった温もりが、もう消えてしまっている。情交独特の匂いも時間が経つにつれ、鼻が慣れてしまって感じ取れない。
「藍……お前は何を隠してるんじゃ」
 女に不自由したことがない自分が、たった一人の女に振り回されている。
 どんなに快楽漬けにしても、己の望みや欲しい言葉を頑として口にしない。
 これほどに一人の女に焦がれるのは初めてでどうしたら良いのか分からなかった。
 相変わらず、ぬらりひょんが家まで送ろうとすると彼女は梃子でも動かない。
 気付かれないようにつけた時は、いつの間にか撒かれていたり、本当に徹底している。
「やっぱり、珱姫に直接藍のことを聞いた方が早いか」
 中々に固いガードを崩すには、珱姫を尋ねて聞き出すのが一番早い。
 が、それをすると彼女との逢瀬が難しくなる。
 ムムッと唸るぬらりひょんに、バッサバッサと羽の音が聞こえてくる。
 スパーンッと襖が勢いよく開いたかと思うと、烏天狗が勢いよく入ってきた。
「総大将! 何も言わずに藍殿のところに入り浸るのは止めて下さいよ!! 探すこっちの身にもなって下さい」
 ギャーギャーッと耳元で騒ぐ烏天狗に、ぬらりひょんは嫌そうに顔を歪める。
「……お前は、ワシのおかんか」
「総大将が、藍殿の迷惑を顧みずに押しかけるからでしょうがっ! 苦情が来てるんですよ。もっと自重して下さい」
「……ハァ」
 全然肝心な部分が伝わらないジレンマに溜息しか出ない。
「押せ押せでは、女子も嫌気をさして逃げます。ここは、一つ引いてみては如何ですか?」
「んな事したら、これ幸いとばかりに『好い方が出来たんですね。おめでとう御座います。末永くお幸せに』とか言われて終わりだ」
「……た、確かにそうですな」
 その光景がありありと鮮明に浮かぶ。現実味を帯びたぬらりひょんの言葉に烏天狗は哀れむような目で彼を見た。
「よせ、哀れむんじゃねぇ。もっと、凹むじゃねーか」
「済みません」
「やっぱ、珱姫のところに行って藍のことを聞き出すか。一人じゃ藍に誤解されちまうからなぁ。誰か連れて行くか」
 どんな選択をしようと、どんな行動を起そうと、その行動が裏目に出てしまうなど当の本人は気付かない。
 ブツブツと一人自分の世界に入ってしまったぬらりひょんを物凄く可哀想な目で見る烏天狗が居た。

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