小説 | ナノ

act4 [ 52/218 ]


 ぬらりひょんは、本当に気紛れな妖だ。ご飯が欲しくなった時しか手伝いに来ない。まあ、妖ってものは神様以上に薄情なものである。
 律儀な妖もいるが、大抵は我関せずを貫く輩が多いのは事実だ。
 今日は、比較的に落ち着いている。患者が居ないわけではないが、軽い病気や怪我の患者が殆どなので楽と言えば楽である。
 そういう日は薬の調合をするのだけれど、生憎の雨で効率が捗らない。
「んーっ、一休みするかなぁ……」
 グッと身体を伸ばしていると、見慣れた顔が目の前にあって驚いた。
「ウキャッ!!」
 思わず仰け反った私は、後ろにあった箪笥にガンッと頭をぶつけて身悶えた。地味に痛い。
「人の顔を見て逃げるたぁ、相変わらず失礼な奴じゃな」
 半眼になって睨んでくるぬらりひょんに、私は涙目になりながら文句を言った。
「急に目の前に現れるからよ」
「それが、ワシの力なんじゃから当たり前じゃろう」
「ああ、だからぬらりひょんなのね」
 ぬらりくらりと掴みどころのない男は、いつの間にか隣に居て飯を強請りコロゴロして帰る。
 偶に仕事を手伝うのだけど、ハッキリ言って役立たずだ。
「あ、勝手に触らないで下さい。危ないんですから! 間違っても口に含まないで下さいよ。助けられませんからね」
 鳥兜は、毒性が強いため生薬で利用できない。そのため、修治と呼ばれる弱毒処理を行う必要があるのだ。
「ふぅ〜ん……綺麗な花に見えるがのぉ」
「綺麗でもダメです! もうっ、本当にどこまで食い地が張ってるんですか。お薬が出来たらご飯作ってあげますから、大人しくしてて下さい」
 ハァと溜息を吐くと、ぬらりひょんはドシッと背中に懐いてきた。
「……邪魔なんですけど」
「良いじゃねぇか。客を放ったらかしにするんじゃ。これくらい許せ」
 ただ飯食らいの客なぞ要らない。私の心の呟きが彼に聞こえるわけもなく、退かす気力も無くした私はひたすら手を動かし薬を作りに没頭するのだった。


 薬作りがひと段落した後、約束どおりぬらりひょんにご飯を作ってやる。
 目の前に出されたご飯にがっつく姿は、大きな子供そのものである。
「……貴方と出会ってから、私なんだか大きな子供をこさえたお母さんになった気分だわ」
「どういう意味じゃい」
 私の言葉にぬらりひょんは、ムッとした顔で睨みつけてくる。正直、米粒を口元にくっ付けて睨まれても全然怖くは無い。
「食べるのが下手ね。ほら、ご飯粒が付いてる」
 彼の口元についたご飯粒を指で掬いパクッと口の中に入れる。
「……ワシは、ガキじゃねぇ」
「そう? 私からしたら手の掛かる子供と一緒よ。それより、もう暗くなるわ。最近、生き胆を狙う阿呆な妖怪だけでなく、魑魅魍魎の主になりたい妖怪が京都に押しかけてる。とても物騒よ。貴方もご飯を食べたら早くお帰りなさい」
「暗に弱いからって言いたいのかい?」
 以前言ったことを根に持っているのかネチネチと重箱の隅を突くような言い方で文句を垂れる彼に、私は軽く肩を竦めてみせた。
「本当に弱いなら尚更帰った方が良いわ。私は武人じゃないから、貴方の強さなんて分からない。でも、強かろうが弱かろうが無駄に怪我をしたくないのなら用心するに越したことはないって言ってるの」
「それを言うなら、藍の方が危ないじゃろう」
「私は、大丈夫よ。私には心強い護衛がいますし、何より協力な護符もあるので襲われません」
 実際、襲われたとしても逃げ切れる自信はある。この寺に掛けられた呪いと一緒で、私に命の危険が迫れば自動的に術が発動する仕掛けになっている。
 そんな状態に陥らないのは、単に私を守ってくれる存在があるからで、現に妖怪であるぬらりひょんと冷静に話し出来るのもそのせいでもある。
「あのチビどもじゃねーよな?」
「ああ、家鳴り達ですか? 違いますよ。彼らは、元々ここに住んでいた妖怪です。怪我してるのを助けてご飯上げたら懐かれました」
「そりゃあ餌付けだろう」
「そうとも言いますね。貴方よりしっかり働いてくれますし、役に立ちます」
 ニッコリと笑って評価すると、彼は渋い顔をしている。
「私が治療するのは、何も妖怪や人に限らないんですよ?」
 謎かけをするように言葉をつむぐと、ぬらりひょんは訝しむように問い掛ける。
「神を治すのか?」
 良い線は行っているが外れだ。私は、種明かしをした。
「門神以外で神様には会ったことありません。神様に仕える存在と交流があるんですよ。今は、私のお願いで別のところに居ますけど律儀に送り迎えしてくれるので助かってます」
 いくら妖怪でも神の眷属に牙を向ければただでは済まないのは本能で嗅ぎ取っているのだろう。
 心強い護衛が傍にいれば、襲い掛かられる心配もないのだ。
「そいつ強いのか?」
「さあ、どうでしょう?」
「ワシが、送り迎えしてやろう! どうじゃ親切じゃろう」
 ニヤッと悪どい笑みを浮かべるぬらりひょんに、私はバッサリ切り捨てる。
「遠慮します。後で何を要求されるか分かったものじゃありません」
「飯代じゃ」
「……ただ飯食らいの自覚はあったんですね」
 妖相手なのに、自分でも心が穏やかな気持ちになって話せる。私は、こんな日常がずっと続くのだと錯覚していた。

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