小説 | ナノ

act3 [ 51/218 ]


 小一時間かけて作った料理は、ごくごく有触れた田舎料理だ。全ては食にあるというのが私の持論で、薬もその延長だと考えている。
 正直、お金はないので全て寄付や家庭菜園で賄われているため食糧はとっても貴重なのだ。
「小ぼおずさん、家鳴りさんご飯が出来たので運んで下さいな。そこの貴方もですよ」
 二色頭の彼にも膳を私、入院患者のところに料理を運ぶように指示を出す。
「何でワシが、そんなことせにゃならんのじゃ」
 文句をブチブチ垂れる彼に、心底呆れた顔を浮かべ正論を突きつけると口をへの字に曲げ渋々といった感じに配膳を始めた。
「働かざるもの食うべからず。ご飯食べたいならお手伝いくらいして下さい」
 部屋は違うが、妖怪と人間それぞれに食事が行き渡ったのを確認すると手伝ってくれた家鳴りや小ぼおず、そして二色頭の妖怪を台所に呼んで食事を振舞った。
 お腹が空いていたのか、ガツガツとご飯を掻き込む彼に私は苦笑を浮かべる。欠食児童さながらだ。
「ウグッ……ゲホゴホッ」
 喉に飯を詰まらせた彼は、目を白黒させている。湯飲みを持たせお茶を飲ませると、何とも情けない顔で「死ぬかと思った」とぼやいた。
「よく噛んで食べないから、喉に詰まらせるんです。ご飯は逃げませんからゆっくり食べて下さい」
「……分かっとる」
 バツ悪そうな顔をする彼の口元には、米粒がついていてなんともマヌケなことか。
 口元についた米粒を指ですくいそのままパクリと口の中に放り入れると、鋭い金色の目を大きく見開き私を凝視している。
「どうしましたか?」
 別に変なことはしたつもりはないのだが、彼にとっては意表をついたようだ。
「あんた、ワシが怖くねぇのか?」
「あんたじゃありません。藍って名前があります」
 あんただのお前だと本当に失礼な妖だ。ムッとして名前を名乗ると、彼は律儀に言直した。
「藍は、ワシが怖くないのか?」
「ひょろっこくて弱っちそうな貴方をどう怖がれって言うんですか。背中を取られるくらい間抜けな妖を怖がれって方が無理があります。この世で一番怖いのは、欲に目が眩んだ輩です。生き胆を狙う妖怪よりも性質が悪く、何を仕出かすか予測もつかない。簡単に外道へ外れてしまう」
「……喧嘩売ってんのかい」
 私なりに彼を評価したというのに、気に食わなかったようだ。ドスを効かせた低い声に、家鳴りや小ぼおずが振るえ上がっている。
「そんな面倒臭いことしません。それより、私は名乗ったんですから貴方も名乗ったらどうなんですか」
 名前がないのは不都合だと暗に言えば、
「知りたけりゃあ自分で調べるんだな」
と、宣った。私は、ニッコリと笑みを浮かべそれならばと彼に相応しい渾名で呼ぶ事にした。白と黒の二色の髪は、まるで香典袋に用入られる結び切りの水引のようだから、
「分かりました。では、お葬式頭の妖さんと呼びます」
と言ってやったら、不評を買ったようだ。
「なんじゃその渾名は!」
「じゃあ、鯨幕頭の妖さん」
「失礼にもほどがあるぞ!! 縁起でもねー渾名を付けんなっ。ワシには、ぬらりひょんという立派な名前があるんじゃ!」
「ぬらりひょんさんですか、私の考えた渾名と大差ないくらい変ですね」
 シレッと返すと、ワナワナと肩を震わし腰に挿していた長ドスを鞘から抜こうとし手に掛けた。
 流石にからかうのは、ここまでにしないと彼自身が危なくなる。
「冗談が過ぎました。すみません」
「今更謝っても無駄じゃ。泣かしてやる!」
 息を巻くぬらりひょんに、私は怯えた様子もなく淡々とした口調で告げる。
「この場で刃傷沙汰はご法度です。その刀、使い物にならなくなりますよ」
「寝言は寝てから言え……って、なんじゃこりゃ!?」
 ぬらりひょんの獲物が、ボロボロと屑のように粉々に壊れていく。
「だから言ったでしょう。刃物を誰かに向ければ、その刃は使い物にならなくなるよう花開院の人に呪いを掛けて頂いてます」
 呆気に取られるぬらりひょんに、補足説明を加えてやると物凄く嫌そうな顔を浮かべた後、大人しくなった。
 余談だが、生き胆を狙う輩は入るどころか門神に捉えられて滅される。
 この薬師寺に入れるのは、今のところ人と人畜無害の妖と神の御遣いくらいである。
 私の挑発に乗ったとはいえ、流石に彼の獲物を壊してしまったのは可哀想かもしれない。
「刀を壊してしまった代わりに、これを上げます」
 一本の脇差をぬらりひょんに渡すと、彼は怪訝そうな顔をした。
「壊れた要因に私の挑発も入ってましたからね」
 最も――その刀が妖に扱えるとは思えないが、この一風変わった妖なら扱えるかもしれない。門神すら素通りして中に入れたくらいなのだ。
「脇差か。まあ、何も無いよりましか」
 ブツブツと文句を零しながら懐に仕舞うぬらりひょんに、私はニッコリと笑みを浮かべて言った。
「タダではありませんからね。見合う分だけ働いてもらいますから」
 こうして、私とぬらりひょんの奇妙な出会いを果たしたのだった。

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